ノンテクニカルサマリー

東アジアの電子産業における日本企業の役割:サプライチェーン・ネットワークの視点

執筆者 家富 洋(立正大学)/新井 優太(麗澤大学)/池田 裕一(京都大学)
研究プロジェクト 暗号資産や実体経済における価格ダイナミクスとその複雑ネットワーク
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

2025年後半、日本の自動車業界を激震が襲いました。オランダの半導体大手Nexperia社の部品供給不足により、国内メーカー各社が相次いで減産を余儀なくされたニュース[1]です。自動車は数万点の部品で構成されますが、そのうち、たった一つの安価な汎用半導体が届かないだけで、数百万ドルの完成車がラインを離れることができません。なぜ、これほどまでに特定の企業への依存が深まり、連鎖的な麻痺が起きるのでしょうか?その答えは、現代のサプライチェーンが単なる「列」ではなく、複雑に絡み合った「ネットワーク」であるという事実に隠されています。

私たちは今回、膨大な企業間取引データベース(S&P Capital IQ Pro)を活用し、東アジアのエレクトロニクス産業を中心としたサプライチェーンを「ネットワーク」として可視化する研究を行いました。点(ノード)として企業を、線(リンク)として取引関係を描き出し、どの企業が「ハブ」として機能しているか、あるいはどの企業が止まるとネットワーク全体がバラバラ(断片化)になってしまうのかを、数学的な指標(次数中心性、媒介中心性)を用いて分析しました。対象はエレクトロニクスだけでなく、それと密接に関わる自動車産業、そして航空宇宙・防衛産業に及びます。構築された世界規模でのサプライチェーン・ネットワークに含まれる企業は15,292社、取引関係は27,751種です。図1に、そのネットワークを可視化した結果を示します。数学的アルゴリズム(モジュラティー最大化)を用いてコミュニティー(何らかの関係性を持って強く結びついた企業グループ)の抽出を行い、図1では、大きい方から数えて上位5番目までのコミュニティーを色分けしました。

データが描き出した日本の立ち位置は、次のようなものです。最終製品(スマートフォンやPCなど)のシェアではかつての勢いを失った日本ですが、電子部品、製造装置、精密機器といった上流工程では、依然として世界ネットワークの不可欠な役割をもち続けています。しかし、メインストリームの半導体製造そのもの(第1位コミュニティー)においては、米国・台湾・韓国の競合勢力に対し、日本企業のプレゼンスが明らかに低下している実態もデータとして裏付けられました。一方、第2位コミュニティーに代表される自動車分野では、日本が依然として強固な地位を維持していることがわかります。また、航空宇宙・防衛分野のネットワークを分析すると、欧米企業が強固なコミュニティー(第3位)を形成しています。それに対し日本企業の参入は極めて限定的です。地政学的な緊張が高まる中、この分野でのつながりの薄さは、安全保障上の課題とも表裏一体です。興味深い発見として、電子機器・工場自動化・公益事業が密接に結びついた日本企業主体の集団(第5位コミュニティー)の存在が確認されました。これは、日本経済が独自の産業構造を持って進化してきた証です。このようなガラパゴス的進化を利とするかは今後の政策にかかっています。

今回のNexperia社の件は、氷山の一角に過ぎません。特定の企業や地域への過度な依存は、効率性と引き換えに脆弱性を抱え込むことになります。本研究で構築したネットワーク分析の手法を用いれば、「どの企業(ノード)が止まれば、どの程度のダメージが広がるか」を定量的にシミュレーション(ストレステスト)することが可能です。輸出規制やフレンド・ショアリング(同盟国間での供給網構築)といった地政学的リスクが常態化する今、私たちには、勘ではなくデータに基づいた、より強靭な戦略の構築が求められています。

図1 電子産業を中心とした世界規模でのサプライチェーン・ネットワーク
コミュニティーを大きさ順に上位から赤、緑、青、シアン、茶で色分け
図1 電子産業を中心とした世界規模でのサプライチェーン・ネットワーク