| 執筆者 | 山口 晃(RIETI政策分析専門官(政策エコノミスト))/細井 奎吾(RIETI政策分析専門官)/福永 開(コンサルティングフェロー) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
本研究は、日本企業のパネルデータ(2012–2023 年)を用いて、イノベーションが賃金を押し上げるかという重要な政策的・学術的問いに実証的に応える。賃上げが成長戦略の中心に位置づけられる一方、国内では「イノベーション → 賃上げ」の因果経路に関するエビデンスが乏しい。本研究では、労働生産性および 出願特許件数をイノベーションの代理指標とし、同時性バイアスを排除するため System GMM を採用する。また、企業の賃金分配姿勢の違いを捉えるため、過去の平均賃金変化が負であった企業をLabor Cost Suppression Dummy(LCSD)と定義し、異質性を検証した。
推定の結果、イノベーションが賃金へ与える効果は一貫して正であり、特に労働生産性を代理指標とした場合、賃金弾性は 0.10〜0.20 程度と安定的であった。他方で、LCSD×イノベーションの交差項は負で有意となり、過去に人件費を抑制してきた企業では、同程度の生産性向上があっても賃金への波及は弱まることが示された。これは、企業のレント配分行動や労働者の交渉力の違いを反映するものとして解釈でき、先行研究(Van Reenen, 1996; Card et al., 2014 等)とも整合的である。
特許を代理変数とした分析でも総じて正の効果が観察されたが、ゼロ観測の多さや産業偏在(特に製造業集中)により結果は不安定であった。System GMM の AR(2) 検定は概ね良好だった一方、Hansen/Sargan 検定は操作変数の数が多い場合に過度に棄却される傾向があり、慎重な解釈が必要となる。
全体として、本研究は「イノベーションがレントを創出し、それが賃金として従業員へ配分される」というメカニズムが日本企業においても当てはまることを示した一方、賃金へのパススルーは企業の人件費抑制志向によって大きく異なるため、政策的には、イノベーション促進と並行して、企業内のレント配分設計(組織慣行・ガバナンス)の整備が必要である。賃上げとイノベーションが相互に影響しあう「成長の好循環」を実現するうえで、本研究は重要な実証的基盤を提供する。
- 参考文献
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- Card, David, Francesco Devicienti, and Agata Maida (2014) “Rent-sharing, holdup, and wages: Evidence from matched panel data," Review of Economic Studies, Vol. 81, No. 1, pp. 84-111.
- Van Reenen, John (1996) “The creation and capture of rents: wages and innovation in a panel of UK companies," The quarterly journal of economics, Vol. 111, No. 1, pp. 195-226.