| 執筆者 | 松浦 寿幸(ファカルティフェロー)/遠藤 正寛(慶應義塾大学)/斎藤 久光(北海道大学) |
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| 研究プロジェクト | グローバル化の地域経済への影響 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル化の地域経済への影響」プロジェクト
グローバル化の進展は財貿易や移民の拡大に加えて、サービス貿易の拡大をもたらすことが知られている。とりわけ旅行に伴う観光消費はサービス貿易の中でも近年著しく拡大しており、日本においても訪日外国人の観光消費の拡大が注目を集めている。わが国では少子高齢化とともに製造拠点の海外移転により地方経済の衰退が進んでいるため、訪日旅行者の地方誘致による地域経済の振興が地域経済の研究者や政策担当者の間で注目を集めている。
しかし、観光客の増加が観光関連消費の拡大をもたらすことは自明だが、どの程度他産業に波及し、地域経済振興に寄与するかはエビデンスに基づく分析が必要となる。従来の観光経済学の研究では「観光が地域発展を促すか」という観光主導経済発展仮説(Tourism-led growth hypothesis)の検証が盛んにおこなわれてきたが、その手法はマクロ統計でGranger因果性を検証したり、産業連関表で波及効果を計算したりする研究が大半であった。これらの研究には一定の意義はあるものの、前者は時間的な先行性を検定するものであり、後者は仮想的な数値シミュレーションで事後的な効果を測定したものではない。そこで本研究では近年発達した因果推論手法を用いて、訪日外国人の増加が地域経済に及ぼす影響を分析した。
具体的には、宿泊旅行統計調査(観光庁)の調査票情報をAdachi et al. (2020) が定義した通勤圏レベルに再編加工し、地域別の国内・国外からの宿泊者数を推計し、訪日外国人の増加が地域経済の活性化を促したかを分析した。推計にあたっては、地域経済指標と宿泊者数の同時性に対処するためにシフト・シェア操作変数を用いている。成果指標としては、一人当たり課税所得、年齢階層別人口、公示地価などを通勤圏レベルで整備し、その影響を分析した。観光客の増加がこうした成果指標に影響をもたらすのは数年のラグを伴うと考え、成果指標と観光客数は3年ないしは5年の階差をとって推計を行っている。
分析結果から、訪日客の増加は、一人当たり課税所得の上昇、若年者人口(15-35歳人口)の増加や商業地価の上昇など一部の経済指標に正の効果を持つが、国内旅行者の増加については地価以外の指標には有意な影響がみられないことが分かった。こうした差が出てくるのは、一人当たりの観光消費額の違いに加えて、訪日客の増加は旅行需要の平準化をもたらすことに起因していると考えられる。旅行需要が平準化すると移住者が増加(あるいは転出者が減少)し、それが所得上昇につながっていると考えられる。
訪日客の増加がどの程度効果を持っているかをみると、人口当たりの訪日客変化(Δft)の標準偏差は1.35であるので、人口当たりの訪日客変化が1標準偏差上昇すると、一人当たり課税所得は5年間で0.466%ポイント(年率0.1%ポイント)上昇する。全サンプルの一人当たり所得の5年の平均伸び率は2.558%(年率0.5%、図中の実績値)なので訪日外国人の増加の寄与は2割程度といえる。ただし、5年間の人口当たり訪日客変化の中位数は0.068で一人当たり所得へのインパクトを計算すると、0.024%ポイント(年率0.005%ポイント)とかなり小さい。人口当たり訪日客変化の90%タイル(P90)は0.9で、これで一人当たり所得への影響を計算すると0.313%ポイントなるので、訪日客増加率が上位10%の地域でようやく所得向上効果の1割少々(0.313/2.558=0.122)を説明する程度であることがわかる。これらの結果から、訪日外国人増加によって一人当たり課税所得上昇が顕在化しているのは一部の地域であるといえる。なお、この結果はスペインやイタリアを対象とした類似研究とも整合的な結果である。
一方、若年人口についても人口当たり訪日客変化の1標準偏差の変化で1.727%ポイント、中位数で同様の計算を行うと5年で0.087%ポイントの押し上げ効果がみられた(図1)。一見この数値は小さく見えるが、若年人口の5年間の変化率は平均でマイナス10%(年率マイナス2%)であり、訪日客の増加は地域の若年人口の流出の阻止、あるいは流入に一定の寄与があると考えられる。
本研究の結果は、訪日客増加は地域経済にプラスの効果があるものの、所得向上効果については相当数の観光客を受け入れない限り実感できる程度の効果は得られないこと示唆している。一方で、若年人口へのプラスの影響は、少子高齢化に悩む地方経済には朗報であり、各地域において観光振興のみならず、若い世代が働きやすい環境を整えていくことが重要と言える。
- 参照文献
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- Adachi, D., Fukai, T., Kawaguchi, D., & Saito, Y. (2020). Commuting zones in Japan. RIETI Discussion Paper Series 20-E-002. Research Institute of Economy, Trade and Industry.