| 執筆者 | 後藤 弘光(金沢学院大学)/相馬 亘(立正大学) |
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| 研究プロジェクト | 暗号資産や実体経済における価格ダイナミクスとその複雑ネットワーク |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「暗号資産や実体経済における価格ダイナミクスとその複雑ネットワーク」プロジェクト
電動化とサプライチェーン強靭化を背景に、世界の自動車産業は大変革期にある。本研究では、青木ら(2002)が指摘した「擦り合わせ(インテグラル)」から「モジュール化」への産業構造転換の視点を踏まえ、近年の電動化と経済安全保障の潮流が、グローバルな自動車メーカー(OEM)間のサプライチェーン網にいかなる構造変化をもたらしたかを検証した。
本研究は、MarkLines社が提供する部品供給情報を用いて、主要OEM25グループに属する企業間の相互依存関係を調査した。具体的には、2018年から2024年の間のモデルイヤー・部品分類ごとの共通Tier-1サプライヤーに基づくOEM間の相互依存ネットワークを構築し、コミュニティ構造の変化を分析している。内燃機関(ICE)部品の取引が約50%減少する一方で、電動パワートレイン部品の取引が増加しており、これらサプライヤー市場における劇的な新陳代謝とリソースの再配分による、グローバルなOEM間の相互依存関係の変化を可視化した。
主な結果は、技術特性に応じた以下の二極化した結果としてまとめられる。
- ICEパワートレイン部品:ICE技術が成熟期に達したことによる地理的な集約 (図1)
2018年から2024年にかけて、ICE部品の取引数は半減し、かつての日米欧が統合されたグローバルなネットワークは縮小した。これに伴い、各OEMは投資を抑制しつつ、地理的に近く信頼できる既存サプライヤーとの関係を強化する「守りの再編」を進めている。その結果、ネットワークは国境を越えた広がりを失い、日本、欧州、中国といった明確な地域ブロックへと分断・集約される傾向が強まっている。 - 電動パワートレイン部品:技術革新に伴う市場競争原理による相互依存性の高まり(図2)
2018年において相互依存関係は希薄であり、特にトヨタは共通サプライヤーを持たない独立した存在であった。しかし2024年には取引が急増し、中国を中心とする巨大なエコシステムが形成された。技術革新と市場競争が、国境を越えた新たなサプライヤーとの結びつきを急速に広げ、トヨタを含めた主要OEM間で相互依存性の飛躍的な高まりが確認された。特に注目すべきは図2右に示されるBYDと日系企業の接続性である。トヨタ系中国合弁企業は、BYDの子会社(FinDreams等)からバッテリーやe-Axle等の基幹部品の供給を受けている。またトヨタ本社も、主要部品は自社調達しつつも、冷却システム等においてはBYDと共通のサプライヤーから供給を受けていた。これは、現地市場の需要への対応と競争力確保のために、BYDのエコシステムとの相互依存を深めざるを得ない状況であることを示唆している。これは完成車市場では競合関係にありながら、サプライチェーン上では協調(依存)せざるを得ないという、EV時代の新たな競争環境を象徴している。
本研究は、自動車産業が単なる「デカップリング(分断)」ではなく、技術特性に応じた二重の地殻変動に直面していることを示した。成熟したICE(既存技術)では「擦り合わせ」的な回帰による「地理的な集約」が進む一方、電動パワートレイン(新興技術)では「モジュール化」に伴う中国技術への「技術的な再依存」が同時に進行している。日本企業は、経済安全保障上の分断圧力と、現場レベルでの融合圧力という相反する課題への対応を迫られている。加えて、今後の産業構造を展望する上では、SDV(Software Defined Vehicle)化の進展に伴うGoogle等の巨大IT企業の参入が、既存のサプライヤー構造をさらに変容させ、企業の戦略的自律性に新たな影響を与える点も注視すべきである。