| 執筆者 | 五十川 大也(大阪公立大学)/大橋 弘(ファカルティフェロー) |
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| 研究プロジェクト | グローバル化・イノベーションと競争政策 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト
わが国の国民皆保険制度を支える診療報酬改定において、医薬品および医療機器(薬機)の価格決定プロセスは、財政規律とイノベーション評価の狭間で厳しい議論の対象となってきた。制度上の建前として、薬機の保険償還価格は、医療機関が購入した価格を補填するという「実費償還」の原則に基づいている。市場実勢価格に基づく改定(いわゆる薬価調査・材料価格調査に基づく改定)は、この原則を具現化するメカニズムとして機能してきた。2年に一度の診療報酬改定だが、最近では毎年改定が提案されるなど、財政規律の観点からの見直しが続いている。
市場実勢価格に基づく改定では、価格調査での取引価格に基づいて翌年度の診療報酬改定が行われることから、調査対象期間での取引における価格づけの誘因が、調査対象期間外での誘因と異なることが理論的に想定される。一般的に、規制者が情報の非対称性上、被規制者よりも情報劣位にあり、規制者が規制(例えばベンチマーク)の水準を市場のアウトカムの関数として設定する場合、規制水準を操作するように被規制者が自ら行動を変容する誘因が生じる。これをラチェット効果(Ratchet effect)とよぶ。
本稿では特定の医療機器に注目し、ラチェット効果を定量的に評価した。分析によると、材料価格調査における対象期間が長いほど、また医療機器の性能等に着目した同一機能区分における対象機器数が多いほど(なお同一機能区分における対象機器数が1つの場合は銘柄別診療報酬と同じ)、競争効果が強く働き、ラチェット効果は小さくなることが明らかになった。なお価格調査における対象期間を事前に特定せず、期間に関係なくランダムに無作為抽出することで、ラチェット効果はさらに抑制されることも明らかになった。
なお価格調査の方法が変わらないもとで、2年に一度の改定を毎年改定にした場合、ラチェット効果による取引価格を引き上げる誘因が減じることから、本稿で議論した診療報酬制度におけるラチェット効果の弊害は小さくなる。