ノンテクニカルサマリー

日本における輸入ショックの国内人口移動への影響

執筆者 遠藤 正寛(慶應義塾大学)/松浦 寿幸(ファカルティフェロー)/笹原 彰(慶應義塾大学)
研究プロジェクト グローバル化の地域経済への影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル化の地域経済への影響」プロジェクト

外国からの輸入の急増が経済活動に及ぼす影響は多岐にわたる。ただ、日本や外国のデータを用いたこれまでの研究結果を概観すると、その影響の程度は国によって異なっている。その中でも、輸入の増加が人々の国内転居に及ぼす影響は特異で、諸外国では輸入によって地域間人口移動が促進されるか、あるいは輸入は影響を与えないという結果となっているが、日本の先行研究では輸入によって無業者の都道府県間移動がむしろ抑制されるという結果を得ている(冨浦・鈴木, 2021)。

本研究は、日本を事例に、輸入が日本居住者の国内転居に及ぼす影響を推計した。データは主に1990年代から2010年代の国勢調査を、地域の概念としては雇用圏(通勤移動が活発な市区町村のまとまり)を用いて、5年間の間に雇用圏内外を移動する居住者の割合が、輸入の多寡でどのように変化するかを推計した。その結果、ある雇用圏で輸入が増加してもその地域圏内の転居は影響を受けないが、輸入が増加した地域からの転出、そして輸入が増加した地域への転入は共に抑制されたことがわかった。輸入が転出も転入も抑制するので、雇用圏からの人口の純流出には影響はなかった。この結果は、日本を事例とした先行研究の結果を包含するものである。

ただ、ある雇用圏における輸入の増加は、統計的に有意にその雇用圏からの転出や雇用圏への転入を抑制するものの、その程度はあまり大きくない。以下の図はそれを示したものである。人口は男性と女性に分け、さらにそれぞれを3つの年齢グループに分けているので、調査対象は全6グループである。黒い点は実際の5年間の転出・転入率で、白抜きの四角は本研究の結果から推計される、輸入効果がなかった時の転出・転入率である。両者の差が最も大きいのは、「転入・女性・15歳-29歳」のグループであるが、それでも差は0.024であり、このグループの実際の転入率である0.173と比べてそれほど大きくない。(なお、図中の転出・転入率は、各雇用圏の率を人口で加重平均した値で、全国平均と等しくなる。また、ある地域の転出者は別の地域の転入者になるので、あるグループの転出率と転入率は等しくなるはずだが、輸入ショックがない場合の転出・転入率を計算する際にこの制約をつけていないので、両者が異なっている点には留意してほしい。)

図

輸入ショックが地域間の労働移動に与える影響の大きさが労働移動全体の変動に比べて小さいという結果は先行研究と整合的であり(例えばTopalova, 2010; Erten et al., 2019)、日本では輸入の増加が地域間労働移動を抑制するという結果も韓国における結果と似ている(Choi et al., 2025)。輸入ショックが地域間移動を抑制する理由としては、日本では国民総生産に占める製造業の比率が高く、製造業製品の輸入増加が地域住民の所得に与える影響が大きいことと、日本では地域をまたいで仕事を探す金銭的・心理的コストが高い可能性があり、その場合、輸入増加によって所得が減少した人が域外の職を探すのはさらに困難になることがあると思われる。もしこのような労働移動の抑制効果が日本の労働市場の効率性を損ねるのであれば、そのための政策対応としては、転職に関する情報を閲覧できるプラットフォームを支援することや、転居のための補助金を供与することが役立つかもしれない。

参考文献
  • Choi, J., H. Kim, and S. Lee (2025) “The China shock and internal migration: Evidence from bilateral migration flows,” Unpublished manuscript, Yonsei University.
  • Erten, B., J. Leight and F. Tregenna (2019) “Trade liberalization and local labor market adjustment in South Africa,” Journal of International Economics, 118: 448–467.
  • Topalova, P. (2010) “Factor immobility and regional impacts of trade liberalization: Evidence on poverty from India,” American Economic Journal: Applied Economics, 2: 1–41.
  • 冨浦英一・鈴木悠太 (2021)「中国からの輸入が日本の労働移動に与えた影響について:就業構造基本調査ミクロデータを用いた実証分析」 CCES Discussion Paper Series, No.71.