ノンテクニカルサマリー

訪日外国人旅行客の宿泊施設に対する品質選好

執筆者 齋藤 久光(北海道大学)/松浦 寿幸(慶應義塾大学)/遠藤 正寛(慶應義塾大学)
研究プロジェクト グローバル化の地域経済への影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル化の地域経済への影響」プロジェクト

観光業は世界的に主要な輸出産業の一つであり、多くの国がインバウンド旅行客の誘致を目的とした政策を積極的に展開している。一方で、旅行客の急増は地域住民への負担を招き、いわゆるオーバーツーリズムへの懸念も高まっている。こうした状況のなかで、宿泊業ではサービスの質を高めることによって経営の持続可能性を確保しようとする動きが広がっているが、その効果は旅行客がサービスの質をどの程度重視するかに左右される。

一般に高所得国の消費者ほど高品質な財やサービスを好む傾向があるが、外国人旅行客の出身国は多様であり、必ずしもすべての旅行客が同じように宿泊サービスの質を評価するとは限らない。本研究は、旅行客が宿泊サービスの質をどの程度重視しているのかを定量的に測定し、質を重視する旅行客を効果的に誘致するための知見を提供することを目的とする。

既存研究の多くは、一人一日当たりの支出額を基準として旅行客の質への選好を捉えようとしてきた。しかし、旅行客が価格にあまり敏感でない場合には、高価格の宿泊施設であっても需要は大きく減少せず、高い支出額が必ずしも質への強い選好を示すとは限らない。本研究は、この点を踏まえ、質と価格を明示的に組み込んだ需要関数を推定し、両者の影響を切り分けて考察するものである。

表1は、2012年と2016年の「経済センサス-活動調査」および2011年~2016年の「宿泊旅行統計調査」の調査票情報を用いて推定した需要関数の結果を示している。表1より、外国人旅行客は日本人旅行客と比べて宿泊費にやや強く反応しているが、統計的な有意差は確認されない。すなわち、日本人旅行客と外国人旅行客の価格感度は同程度であり、両者の宿泊需要の差は、宿泊サービスの質をどの程度重視するかに依存する。

表1:宿泊施設への需要関数の推定結果
表1:宿泊施設への需要関数の推定結果

そこで、本研究では、需要関数の残差を用いて各宿泊施設に対する旅行客の「品質評価」を算出した。この品質評価は、旅行客が宿泊サービスの質をどの程度重視しているかを示す要素と、各施設のサービスの質そのものを示す要素の二つから構成される。したがって、同じ宿泊施設に滞在した外国人旅行客と日本人旅行客の品質評価を比較することで、外国人旅行客が日本人旅行客に比べて宿泊サービスの質をどの程度重視しているかを把握することができる。

分析の結果、外国人旅行客は日本人旅行客よりも宿泊サービスの質を強く重視しており、質の高い施設に対しては日本人よりも2割程度高い宿泊費を支払う意思をもつことが明らかになった。さらに、出身国別にみると、韓国・台湾・中国・香港など近隣のアジア諸国・地域に加え、米国からの旅行客は日本人よりも質を重視する傾向が確認された。一方、欧州からの旅行客の質に対する選好は日本人と同程度にとどまった。

また、質に対する評価は出身国の経済水準や日本との地理的距離と関連していた。具体的には、所得水準が高い国からの旅行客ほど、また日本に近い国からの旅行客ほど、宿泊サービスの質をより重視する傾向がみられた。これは、遠方の旅行客は交通費の負担が大きいため、宿泊サービスの質に十分な予算を割けない可能性を示唆している。

以上の結果から、日本の宿泊業における質の向上は、必ずしも高所得国に限らず、近隣の国々からの旅行客に対しても効果的であると考えられる。本研究の成果は、観光政策において質を重視したインバウンド誘致を推進する際に、どの国を重点的に対象とすべきかを検討する上で有益な示唆を与えるものである。