執筆者 | 加藤 篤行(リサーチアソシエイト)/西山 博幸(兵庫県立大学) |
---|---|
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
1990年代以降、GATTにおける包括的な貿易自由化の行き詰まりを受けて世界各国はそれぞれに重要な貿易パートナーとの二国間、多国間自由貿易協定(FTA)による貿易の促進を図ってきた。この動きは協定締結国間での輸送費の低下、市場の透明性・制度の信頼性向上をもたらし、情報通信技術(ICT)の急速な発展とともに企業による国境を跨いだサプライチェーンネットワーク(SCN)の発展に寄与してきたと考えられる。日本も今世紀に入り多くのFTAを締結しており、日本企業もアジアを中心に国際展開を進めてきた。こうした動きを受けて日系企業の活動に対するFTAの影響についても分析が行われてきたが、現地法人データを利用した分析は現地法人と日本の間での貿易に関するものが中心であった。しかしながら、図から明らかなとおり現地法人の活動において対日貿易の比率はかなり小さく、企業はむしろ現地市場および第三国市場にネットワークを展開している。そこで本研究では現地法人の現地市場および第三国への輸出に対する二国間および多国間FTAの効果を理論、実証の両面から分析することで、日系企業のサプライチェーンに対するFTAの影響を明らかにした。
Melitz (2003)の基本的な枠組みに基づいた我々の理論モデルによるとFTAの現地企業の平均売上(以下現地販売)と輸出企業の平均販売(以下輸出)への効果は変化のトリガーとなるファクターにより異なっており必ずしも一意に決めることが出来ないことが示された。国内販売に対してFTAによる関税、固定労働投入の変化がもたらす効果は不定であり、輸出に対しても関税効果は不定である。一方でFTA関連業務に対応するための輸出企業の固定労働投入の増加は輸出に正の効果を持つことが予想された。そこで本研究ではJinji et al.(2022)に基づいてFTAの深さ(Depth)と幅(Breadth)に関するデータを作成しそれぞれを関税、固定労働投入の代理変数とすることで、二国間FTA、多国間FTAの国内販売、輸出への効果について回帰分析により推計した。その結果は表のとおりである。
推計結果によると日本と現地法人所在国との間の二国間FTAは現地販売に対して有意な影響を与えていない。日本が締結するFTAは関税削減にとどまらず投資、人の移動、知的財産権保護、政府調達等を含む包括的な協定である経済連携協定(EPA)が中心であるため現地販売に対しての影響があることも考えられたが、データからは理論が示す通り影響は確定できないという結果が得られた。一方でASEAN、EU、NAFTAの地域レベルでの多国間FTAは深さ、幅のどちらにおいても輸出に対して正で有意な結果が得られた。この結果は日系企業が地域FTAを利用し生産国と販売国を分けた国境横断型のサプライチェーン最適化を進めていることを示していると考えられる。さらに現地法人所在国と大市場であるASEAN、中国、EU、米国とのFTAが輸出に与える影響については、それぞれに異なる結果が得られており、特に米国とのFTAについては統計的に有意な結果が得られなかったが、これは米国が外資に対して同国内での生産を促していることを反映したものと考えられる。
本研究から日系企業によるサプライチェーン構築とFTAの関係については日本との二国間FTAによる対日貿易に対する直接的な効果を分析するだけでなく、進出先における日本以外とのFTAについても分析する必要性があることが示された。特に地域レベルの多国間FTAが深さと幅のどちらにおいても現地法人の輸出に対して正で有意な影響を与えていることが示されたことは、包括的な多国間FTAがサプライチェーン構築において重要な役割を果たしうることを明確に示したものと考えられ、FTAを産業政策として考える上で重要な示唆を与えるものと考えられる。


- 参考文献
-
- Jinji, N., Zhang, X. and Haruna, S. (2022). Deep Integration, Global Firms, and Technology Spillovers. Springer. Open Access.
- Melitz, M. J. (2003). The impact of trade on intra-industry reallocations and aggregate industry productivity. Econometrica, 71(6), 1695–1725.