執筆者 | 岩澤 政宗(同志社大学)/中西 勇人(神奈川大学)/小野塚 祐紀(小樽商科大学) |
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研究プロジェクト | 医療と健康についての今後の政策のあり方を探求するための基礎的研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「医療と健康についての今後の政策のあり方を探求するための基礎的研究」プロジェクト
我々は日々さまざまな情報に触れ、それをもとに将来を予想し、行動を決定している。特に将来の見通しが不確実な状況では、人々が信じる「未来」に関する考え方が実際の行動に大きく影響を及ぼす。本研究では、主な情報源(テレビや新聞、SNS、ニュースアプリなど)の違いによって、人々の将来予想がどのように異なり、それが行動にどのような影響を与えるかを、特にばらつき(分散)への影響に焦点を当てて分析した。多くの場合でレベル(平均)への影響に関心が向けられるが、それだけでは十分であると言えない。分散が大きくなれば、一部の人において平均とは逆の方向に将来予想や行動が動くこともありうる。
本研究では、RIETIが実施したパネル調査、2020年度「新型コロナウイルス流行下における心身の健康状態に関する継続調査」(全5回)を用いて、情報源(伝統的メディアと非伝統的メディア)と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)蔓延終息時期の予想のばらつきの関係を検証した。伝統的メディアと比較して、非伝統的メディア(インターネット検索エンジンやSNSなど)では利用者が持つ選択肢が遥かに多いため、利用者は元々の関心や信念に応じた情報に触れやすいだろう。そのため、比較的均一的な情報に触れる伝統的メディア利用者よりも予想のばらつきが大きくなることが考えられる。利用した調査は2020年10月末から3か月毎に1年間に渡って行われ、約1万人が全5回の調査に回答している。予想については、日本におけるCOVID-19の蔓延がいつ終息すると思うかについて、「既に終息した」「来年の3月までには終息する」など、時期を区切った形式で回答を得ている。
図1では、終息時期の予想のばらつきを、主な情報源の種類別に第一回調査の回答を用いて表した。横軸は終息予想の時期を示しているが、ここでは調査時期からCOVID-19蔓延終息までの月数に変換している。例えば「(-∞, 0]」は「既に終息した」と予想した人、「(0,5]」は「今から5か月以内には終息する」と予想した人を示している。縦軸はその選択肢を選んだ人の割合である。最終カテゴリには「36か月以上先まで続く」があり、伝統的メディア利用者の約30%、非伝統的メディア利用者の約38%がこのカテゴリを選んでいる。どちらのグループにもかなりの予想のばらつきが見られるが、非伝統的メディアをコロナウイルスに関する主な情報源する人の方がよりばらつきが大きいことが見て取れる。

メディア利用者の特性の違いをコントロールするため、Abrevaya & Muris (2020)によって提案された、区間打ち切り固定効果モデル(Interval Censored Regression Model with Fixed Effects)を用いてメディアグループの差を推定したところ、平均的な人において、非伝統メディア利用者のほうが予測の標準偏差の差は約1か月大きく、95%予測区間は約20%広いという結果を得た。
さて、このような将来予想のばらつきは、実際の感染予防行動にも影響を与えうる。先ほどと同様の分析手法から、マスク着用や手洗い、換気といった行動において、伝統的メディア利用者間のほうが似た行動を取る傾向が見られた。一方で、「感染に対する恐怖や不安」といったリスク認知のばらつきには、情報源による大きな違いは見られなかった。これらの結果から、情報源による行動のばらつきの違いは、リスクの感じ方よりも将来の予想(主観的信念)のばらつきによって生じていることが示唆された。
政策的含意
本研究の知見は、以下の3点において、今後の情報政策にとって重要な示唆を与える。
- 人々が多様な視点から情報を吟味できる健全な情報環境の整備が重要
将来の予想は本質的に不確実であり、誤った情報に汚染された環境では予想はより困難となる。そして、人々は本来ならば望まないような判断をしてしまうリスクがある。特に非伝統的メディアでは、誤情報や偏った情報への接触が起こりやすいため、信頼できる情報への誘導やファクトチェック機能の整備が求められる。 - メディアの特性に応じた異なる情報政策が必要
インターネット検索エンジンやSNSなどでは、利用者の好みに偏った情報が提示されやすいため、対立的な視点に触れる機会を増やす仕組みの導入や、アルゴリズムの透明性向上などが有効だろう。 - 情報の「届け方」に関する工夫が必要
非伝統的メディアでは、情報量が非常に多く、発信した情報が人々に届かない可能性も高い。そのため、発信頻度の向上や、影響力の高いユーザー(いわゆるハブ)への重点的な発信など、情報の届け方自体を戦略的に設計することが効果的だろう。
今後、生成AIなどの新たな技術の普及により、情報の受け取り方が変化することが予想される。こうした環境の変化に柔軟に対応しつつ、人々が正確な情報をもとに行動できるようにするための仕組みづくりがますます重要になると考えられる。
- 参考文献
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- Abrevaya, J., Muris, C., 2020. Interval censored regression with fixed effects. Journal of Applied Econometrics 35, 198–216.