ノンテクニカルサマリー

南北貿易におけるグリーン消費と企業の環境責任

執筆者 成 海濤(一橋大学)/石川 城太(ファカルティフェロー)/樽井 礼(ハワイ大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

消費者の環境意識が高まるにつれ、環境に配慮した企業や製品への関心も強まっている。たとえば、地球温暖化による異常気象が身近に感じられるようになり、ハイブリッド車や電気自動車を選ぶ消費者が増加している。このような状況の下、企業は環境責任(CER)をアピールすることで、ブランドの評判を高め、市場での優位性を確立しようとしている。実際、Apple、Microsoft、Google、日立などのグローバル企業は、サプライチェーン全体でカーボンニュートラルの達成を目指している。

しかし、一部の企業は虚偽の表示や広告によって環境に配慮しているように見せかける「グリーンウォッシング」に関与しており、消費者が企業のCERへの本気度を判断するのは容易ではない。この問題に対応するため、企業はエコラベルの取得や、国際標準化機構(ISO)やScience Based Targets(SBT)などの認証を活用している。これらのラベルや認証は、企業のCERの信頼性を示す指標となり、消費者の購買判断を助ける。

本研究では、南北貿易モデルにおいて以下の2点に注目し、企業のCERへの取り組みのインセンティブを分析する。

1)同一国内でも消費者の環境意識は異なる
2)CERの基準やラベル・認証制度は国によって異なる場合がある

特に先進国市場を対象に、①先進国企業のみがCERに取り組むケースと、②先進国と途上国の企業の双方がCERに取り組むケースを比較する。前者は、先進国企業のみがCER基準を満たす技術を持つ場合や、途上国企業が先進国のラベル・認証制度を利用できない場合に生じる。

本研究の主な結果は以下のとおりである。CERへの取り組みを促進する要因として、CER基準の厳格化や消費者の環境意識の向上が挙げられる。これらは、先進国企業のみがCERに取り組む場合でも、先進国と途上国の企業の双方が取り組む場合でも、CERを推進する方向に働く。一方、貿易自由化(関税引下げ)の影響は、途上国企業がCERに取り組めるかどうかによって異なる。先進国企業のみがCERに取り組む場合、貿易自由化はCERの促進要因となる。しかし、先進国と途上国の企業の双方がCERに取り組む場合、貿易自由化は逆にCERの推進を阻害する。これは、関税があることで途上国企業は競争上不利な立場に置かれるため、CERへの取り組みを通じて製品価値を高めようとする誘因が、先進国企業よりも強く働くことから生じる。

さらに、本研究ではCERの一例として脱炭素に着目し、CER基準の厳格化が世界全体の炭素排出量に与える影響も分析している。その結果、炭素排出量は単純に減少するのではなく、基準の厳格化によっては逆に増加する可能性があることを示している。

図

本研究の結果から、企業の環境責任(CER)を促進し、持続可能な経済成長と環境保護を両立させるために、以下の政策的インプリケーションが導かれる。

第一に、CER基準の厳格化と国際的な整合性の確保が求められる。CER基準の厳格化は、企業の環境対応を促進する要因となるが、世界全体の炭素排出量が必ずしも削減されるとは限らない。そのため、国際的な整合性を確保しつつ、技術支援やインセンティブ政策と組み合わせることで、企業が持続可能な形でCERに取り組める環境を整える必要がある。

第二に、グリーンウォッシングを防止するための監視・規制の強化が重要である。企業の環境対策の信頼性を向上させるためには、厳格な認証制度や独立した第三者機関の監視体制を強化し、エコラベルや環境認証の透明性を確保することが不可欠である。消費者が誤った情報に基づいて意思決定をしないよう、適切なルール作りと規制が求められる。

第三に、途上国企業のCER参入を支援する政策の導入が必要である。途上国企業がCER基準を満たせるよう、技術移転や資金援助を通じた支援を行うことで、環境に配慮した競争力のある製品の開発を促進できる。また、先進国企業と途上国企業の間で環境基準の適用可能性を考慮した貿易協定を締結し、公平な競争環境を整えることが求められる。

第四に、貿易自由化とCERの両立を目指す政策設計が必要である。貿易自由化(関税引下げ)は、CERへの取り組みを促進する場合と阻害する場合があるため、環境基準を組み込んだ貿易政策を導入し、企業の環境配慮型経営を促すべきである。たとえば、環境基準を満たす企業への優遇措置や環境税の導入、さらには環境関連の補助金や技術支援を組み合わせた自由貿易協定の設計が有効である。

最後に、消費者の環境意識向上を促す教育・情報提供が不可欠である。環境ラベルや認証制度の意義を広く周知し、消費者が環境負荷の低い製品を選択しやすい環境を整えることで、企業のCERへの取り組みを後押しできる。また、環境意識の向上がCERの推進に寄与するため、環境教育や持続可能な消費に関する啓発キャンペーンを強化することが求められる。

以上のように、CERを推進するためには、多方面からの政策的アプローチが必要である。環境基準の整備、グリーンウォッシング対策、途上国企業支援、貿易政策の調整、消費者意識向上といった施策を組み合わせることで、企業の環境配慮型経営を促進し、持続可能な経済成長と環境保護を両立させることができる。