執筆者 | 安達 有祐(立命館大学)/小川 光(東京大学)/津布久 将史(専修大学) |
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研究プロジェクト | 地域企業の持続的発展と地域金融機関の役割 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
地域経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「地域企業の持続的発展と地域金融機関の役割」プロジェクト
1.背景
近年、国内各地で大規模事業所の閉鎖や工場の縮小が相次いで報じられ、地域経済への影響が懸念されている。特に、製造業を基盤とする地方都市では、大規模事業所の撤退は地域の雇用や税収の減少にとどまらず、将来的な経済活力の低下につながる可能性もある。こうした状況の下、政府が掲げる地方創生の観点からも、大規模事業所の撤退が地域の生産性に与える影響を明らかにすることは、政策的に有益な情報を提供することになると考えられる。そこで、本稿では日本の製造業を対象に、大規模事業所の撤退が同一地域内に残る他の事業所の生産性にどのような影響を及ぼしたのかを定量的に検証している。
これまでの地域経済学では、企業の集積や大規模事業所の参入が地域の生産性を高めることが実証されてきた(例:Greenstone et al., 2010)。これは、知識や技術のスピルオーバーや企業間競争の活性化を通じて、生産効率が向上するためとされている。これを単純に裏返せば、大規模事業所の撤退は、他の事業所の生産性を低下させると予想することができる。ただし、生産性の向上をもたらした要因が地域に定着していれば、たとえ地域から大規模事業所が撤退したとしても、他の事業所の生産性の低下に必ずしも直結するわけではない可能性も残されている。本稿は、大規模事業所の生産性向上効果が、ストックとして撤退後も地域で維持されているのかどうかを検証する研究ともいえる。
2.分析方法
本稿は、1999〜2010年に発生した大規模事業所の撤退事例を対象に、同地域に残る他事業所の生産性への影響を差の差分析の手法によって検証している。分析の特徴は2点ある。第1に、生産性の推定にあたり、需要の影響を除外する手法を採用した点である。全要素生産性(TFP)は資本や労働で説明できない産出の部分とされるが、従来は需要サイドの影響を含んでTFPが推定されてしまうという問題があった。本稿は、De Loecker(2011)の手法を用いることで、需要の影響を制御したうえで推定された生産性を使って、大規模事業所の撤退の効果を明らかにしている。第2に、差の差分析において処置群と対照群の選定に工夫を凝らしている。大規模事業所の立地地域と非立地地域では、インフラや労働市場、取引関係などの構造的差異が存在し、単純な比較では因果推定が困難となる恐れがある。そこで、本研究では本社が複数の地域に事業所を複数展開していたケースに分析を限定し、事業所の撤退の有無によって地域を分けることで、比較対象間の条件を可能な限り揃えている。
3.結果
大規模事業所の撤退前後の5年間(短期)および10年間(長期)の生産性を比較した結果は以下の表の通りである。

需要の影響を含むTFPを使用した場合は、大規模事業所の撤退に伴って、地域に残る他の事業所について、短期で1.1%、長期で0.8%の生産性低下が観察された。一方、需要の影響を取り除いたTFPを使用した場合は、短期・長期とも統計的に有意な差は確認されなかった。
この結果から、大規模事業所の撤退は一般に地域の生産性を低下させると考えられるが、実際にはその多くが撤退に伴う需要減少の影響によるものであり、地域に残った事業所の活動自体に着目すると、TFPに与える影響は限定的であった。先行研究で示されたように、大規模事業所の参入が他の事業所の生産性にプラスに働く要因を地域にもたらしているということからすると、本稿の結果は、大規模事業所がもたらした生産性向上の要因は、その撤退後も地域に定着し続けている可能性を示すものであるといえる。
- 参考文献
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- De Loecker, J. (2011). Product differentiation, multiproduct firms, and estimating the impact of trade liberalization on productivity. Econometrica, 79(5), 1407-1451.
- Greenstone, M., Hornbeck, R., and Moretti, E. (2010). Identifying agglomeration spillovers: Evidence from winners and losers of large plant openings. Journal of Political Economy, 118(3), 536-598.