ノンテクニカルサマリー

課税権とデジタル貿易の再配分:部分的定式配布基準としての第一の柱

執筆者 大越 裕史(岡山大学)/椋 寛(学習院大学)/Dirk SCHINDLER(Erasmus University Rotterdam)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

多国籍企業の租税回避行動に対する関心が高まる中で、デジタル化への対応が急務となっている。近年では、経済協力開発機構(OECD)が提唱している「二つの柱(Two pillars)」による国際課税ルールの強化を推進する中で、第一の柱(Pillar One)はデジタル取引に伴う課税権の市場国への再配分を検討している。この新制度は、グループ企業の総売上が200億ユーロかつ税引き前利益率が10%を超える場合に、市場国の売上比率に応じて、市場国にも課税権の一部を配分する仕組みであり、従来の恒久的施設(Permanent Establishment)の有無に応じた課税権とは異なっている。この新ルールの導入により、低法人税率国に恒久的施設を設けていた大規模デジタル企業の利潤の一部が高法人税率国でも課税対象となる。そのため2021年のデータに基づく推計では、第一の柱の導入により世界全体では170億から320億ドルの税収の増加が見込まれている。

しかし、この新ルールが市場競争とその帰結に与える影響については、これまで分析が行われてこなかった。新ルールの対象となる企業は大規模デジタル企業であるため、その導入は市場支配力を持つ大規模企業が各市場国で設定する価格に影響を及ぼし、市場国の消費者や企業に好ましくない影響をもたらすおそれがある。そこで本研究では、図のような国際寡占モデルを用いつつ、第一の柱の導入が市場国に与える影響を分析した。

図

本研究の主な結果は、以下の通りである。まず、第一の柱の導入は市場国の税収の増加には必ずしもつながらないことが明らかになった。新ルールの導入により、大規模デジタル企業には市場国における価格を引き下げることで税引き前利益率を低下させる誘因があるため、結果的に市場国の価格競争を激化させる。そのため、新ルールの導入によって、(1)市場国でこれまで徴税ができなかった大規模デジタル企業から新たに税収入を得られるという税収増幅効果が生じる一方で、(2)熾烈化した価格競争によって新制度の導入前から課税対象である市場国内の現地企業の利潤が減少するという税収縮小効果が生じる。(2)の税収縮小効果は、各企業の供給する財が類似しているほど大きくなりやすく、(1)の税収増副効果を上回りやすくなる。そのような場合、新ルールの導入により市場国の税収入は減少してしまうわけである。

さらに、複数の市場国が異なる法人税率を設定している場合は、市場国間で大規模デジタル企業が売上を調整するメカニズムが追加的に働く。新制度のルールの下では、市場国に配分される課税権は売上比率に基づいているため、低税率の市場国では多くの売上を計上するために価格を低下させ、逆に高税率の市場国では価格を上げて売上を減らすことが節税につながる。そのため、低法人税率市場国ではさらなる価格競争の激化が起こり、現地企業の利潤の低下が懸念される一方で、高法人税率市場国では価格競争の鈍化に伴い消費者の便益が損なわれるおそれがあることを示唆している。

以上の結果から、次のような政策含意を得ることができる。まず、第一の柱の導入は市場支配力を有する大規模デジタル企業のグローバルな企業戦略を変容させるため、その政策評価にあたっては、税収以外に与える影響を考慮に入れる必要がある。特に、新ルールによって市場国の地場企業の利潤が低下する場合は、税収も増加するどころかむしろ低下するおそれがあることに注意が必要であり、地場企業と国外の大規模デジタル企業の製品・サービスが十分に差別化されているかを確認することが不可欠である。また、市場国の法人税率の水準に応じて、新ルールが消費者と地場企業のどちらに悪影響を及ぼすかが異なることを認識することも重要である。低税率市場国では価格競争の行き過ぎた激化を防ぐことにより企業間の健全な競争を保持することが求められる一方で、高税率市場国では市場競争を逆に促進し価格競争の鈍化と価格の高止まりを防ぐ対応を行うことが求められる。