ノンテクニカルサマリー

ジェンダー特殊的貿易ショックと労働市場の調整、及び家族形成

執筆者 森 啓明(専修大学)/室賀 貴穂(九州大学)/笹原 彰(慶應義塾大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

男女間の雇用機会や所得の格差は、家族形成や出生率、そして今後の人口動態に与える要因の一つとして重要な研究テーマとなっている。さらに、中国の世界経済への統合に伴った中国との貿易額の急増の経済的な影響については各国でさかんに検証されている。本研究では、中国との貿易の増加が日本の労働市場への影響を通じてどのように家族形成や出生率に影響したのかを検証した。このような研究はアメリカやデンマークを対象として行われているが(Autor et al., 2019; Keller and Utar, 2022)、日本を対象とした研究はこれまでなかった。本論文はそのギャップを埋める研究と位置付けられる。

図は、日本の中国との貿易額が1990年代以降急激に増加していること、製造業の雇用者数は男女ともに減少傾向にあることを示している。本論文の分析では、産業ごとの男女比率の差異と、産業ごとの「中国からの輸入額の変化(輸入ショック)」と「中国への輸出額の変化(輸出ショック)」を利用して、男女ごとの輸入ショックと輸出ショックへの曝露度を計測し、それが性別、各年齢グループの婚姻率と出生率に与える影響を検証した。分析は、中国との貿易が急拡大した1990年代後半と2000年代前のデータを用いて行った。

図
注:貿易額は財務省貿易統計から得た。製造業雇用者数は事業所・企業統計調査と経済センサスより得た。雇用のデータは5年毎のデータであることに注意して欲しい。

分析の結果、輸入競争は製造業の雇用と労働参加率を低下させ、失業率を上昇させる一方で、輸出機会はこれらと逆の効果をもたらすことが明らかになった。また、「女性が直面する輸入競争ショック」は特に30代後半の男女の未婚率を低下させ、「女性が直面する輸出拡大ショック」は同年代の男女の未婚率を上昇させることが示唆された。輸入競争ショックは労働市場状況の悪化要因、輸出拡大ショックは改善要因であることから、女性の相対的労働市場の改善は未婚率の上昇要因、その悪化は未婚率の低下要因であることが示唆された。これらの結果は諸外国(アメリカやデンマーク)の結果と整合的である。また、統計的には有意ではないものの、未婚率上昇要因である「女性が直面する輸出ショック」は出生率を低下させ、未婚率低下要因である「女性が直面する輸入ショック」は出生率を上昇させることを示唆する分析結果が得られた。

貿易ショックの家族形成への影響の大きさも先行研究と比べて相違ないものが得られている。例えば、35~39歳の未婚男性の割合は分析対象期間で7.2%ポイント増加したのに対し、「女性が直面する輸入競争」はこの割合を1.14~1.53%ポイント低下させた。これらの変化は、それぞれ全体の変動の1.14/7.27 ×100 = 16%および1.53/7.27×100 = 21%に相当する。一方、「女性が直面する輸出拡大」は、未婚男性の割合を1.32%ポイント増加させた。この変化は全体の未婚率の変動の1.32/7.27 ×100 = 18%に相当する。Autor et al. (2019) は、米国において、輸入競争により若年女性の結婚率が2.4%ポイント低下し、これは分析対象期間の結婚率の低下(16.7%ポイント)の 2.4/16.7×100 = 14.4%にあたると報告している。したがって、日本における貿易ショックの家族形成への影響の絶対値は米国よりも小さい一方で、全体の変動における貿易の影響の割合は米国よりもやや大きいと言える。

参考文献
  • Autor, David, David Dorn, and Gordon Hanson (2019) “When Work Disappears: Manufacturing Decline and the Falling Marriage Market Value of Young Men.” American Economic Review: Insights, 1(2): 161-178.
  • Keller, Wolfgang and Hale Utar (2022) “Globalization, Gender, and the Family.” Review of Economic Studies, 89(6): 3381-3409.