ノンテクニカルサマリー

輸入競争と製品ポートフォリオの再構成・研究開発投資の役割についての実証分析

執筆者 松浦 寿幸(ファカルティフェロー)/齋藤 久光(北海道大学)
研究プロジェクト グローバル化の地域経済への影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル化の地域経済への影響」プロジェクト

新興国からの輸入の急速な増加が高所得国の雇用や企業業績に与える影響に注目が集まっている。主な懸念事項のひとつは、中国からの輸入競争圧力が製造工場の閉鎖や雇用に与える影響である。初期の研究では、中国からの輸入が労働市場に与える影響を、様々な国を対象として、産業や企業間の異質性にも注目を払った研究が行われている。さらに最近では、製品レベルのデータを用いて、単一財生産事業所と多品目生産事業所の間のリストラクチャリングのパターンの違いや、多品目生産事業所における製品削減パターンについて分析も進められているが、既存製品を新製品に置き換えるなど、製品ポートフォリオの再編の詳細については、まだあまり研究されていない。Bernard et al. (2010) によると、製造業の構造変化の相当部分が企業の製品ポートフォリオの転換によるとされており、このパターンやメカニズムを明らかにすることは重要な意義を持つ。

本研究では、1998年から2014年までの「工業統計」(経済産業省)と「科学技術研究調査」(総務省)を調査票レベルで接続し、R&D投資を考慮しながら、輸入競争圧力の高まりが製造業企業の製品ポートフォリオの変化に与える影響を分析した。具体的には、競争圧力の高まりに対する企業のイノベーション活動への反応は、技術フロンティアからの距離に依存するとされ、先端的な技術を持つ企業は競争圧力から逃れるためにイノベーション活動を活発化させる一方で、技術水準の低い企業は撤退を選ぶことが知られるが、中国からの輸入の増加がこうした影響をもたらしているのかを検証した。

分析対象期間の製造業企業の生産品目の転換状況を概観した表1では、事業所あたりの平均製品数、過去3年間に製品を追加または廃止した事業所の数、製品数を増減させた事業所の割合が示されている。なお、ここではサンプル期間中にR&D投資を実施した企業に限定した事業所に限定して分析しているため、R&D投資を実施していない中小企業は除外されており、比較的規模の大きい企業が対象になっていることに注意が必要である。サンプル期間の1998年~2014年は、多くの製造業企業がリストラクチャリングを進めていた時期で製造業の雇用シェアが低下傾向にあったが、本分析のサンプル企業の平均製品数も減少傾向にある。一方、過去3年間に製品を追加または廃止した企業の割合を見ると、必ずしもすべての企業が製品数を減らしているわけではないことがわかる。製品を追加した事業所と削減した事業所の割合はどちらも約10%で、削減した事業所の割合がやや大きい。製品数の変化を見ると、製品数を「変えていない」事業所が約84~86%を占め、「減らした」事業所は約9%、「増やした」事業所は約6~7%であり、製造業の企業は既存製品を新製品に置き換えることを積極的に行っていることがわかる。

表1 1998-2014年の製造業企業の製品調整パターン
表1 1998-2014年の製造業企業の製品調整パターン

さらに計量分析の結果から、中国からの輸入の増加は事業所レベルの製品数を減少させる効果があったこと、その効果を測る際のラグ期間を3年間から5年間に延ばすと、製品削減、製品の入れ替え、製品数の純増減への影響がより顕著になることが分かった。また、輸入品との競争が激化すると、研究開発ストックの大きい企業は既存の製品を廃止し、同時に新製品を投入するといった製品の「入れ替え」を積極的に行っているものの、研究開発ストックの小さい企業ではこうした動きは見られなかった。さらに、この効果は公的研究開発ストックの大きい地域やハイテク産業でより顕著であることも分かった。

本研究からの政策的含意として、Bernard et al. (2010) が指摘するように産業構造転換において企業による製品代替が重要な要素であることを踏まえると、産業構造の高度化において研究開発活動とそれをサポートする公的研究開発ストックが重要性をもつことがわかる。企業の研究開発活動ならびに、大学や公的研究機関の支援によるR&Dクラスターの形成などの政策が重要性を持つと言える。

参考文献
  • Bernard, A. B., Redding, S. J., & Schott, P. K. (2010). Multiple-product firms and product switching. American Economic Review, 100(1), 70-97.