執筆者 | 熊谷 惇也(福岡大学)/兪 善彬(九州大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | ウェルビーイング社会実現のための制度設計 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業フロンティアプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ウェルビーイング社会実現のための制度設計」プロジェクト
世界的に、個人がより良い機会を求めて経済的、社会的に活気のある都市部に移住するケースが増えている。日本においても、東京をはじめとした都市部への一極集中、地方部における人口減少と高齢化という課題が生じている中、移住がウェルビーイングに与える影響が注目を集めている。
既存研究では、人口減少地域(衰退地域)への移住は一般的に主観的ウェルビーイング(SWB)を低下させることが示されている(Glaeser et al., 2016)。また、農村人口は都市人口と比較してSWBが低いと報告することが多く、その主な原因は、不十分なインフラ、限られた教育機会、不十分な医療アクセスなどが挙げられる(Easterlin et al., 2011; Requena, 2016)。しかし、いくつかの研究では、農村地域への移住者は豊かな自然環境へのアクセスなどの利点を重視することが多いと強調されている(Takahashi et al., 2021)。これらの研究は貴重な洞察を提供しているが、全体的なSWBに焦点を当てており、個人の幸福を形作る各分野固有の側面への影響は明らかではない。
こうしたギャップを埋めるためには、分野別満足度に焦点を当てることが有用である。分野別満足度に着目する有用性は主に2つある。まず、生活満足度などの全体的な SWB 指標は、それ1つで個人の幸福を包括的に評価するには限界がある(Benjamin et al., 2014)。一般にウェルビーイングは、生活のさまざまな側面を包含する多次元構造をもつとされている。次に、分野別満足度は各分野内の客観的指標と密接に結びついており、各分野において実用的な満足度指標となりうる。たとえば、労働満足度は、離職率と強く相関することが示されている (Green, 2010)。分野別満足度に焦点を当てることで、本研究では、さまざまな生活領域にわたる成長地域または衰退地域への移住に関連する利点とトレードオフを明らかにする。
本研究では、人口増加率が高い地域(成長地域)から低い地域(衰退地域)への移住が満足度に影響を及ぼす特定の分野を明らかにする。分析には、経済産業研究所(RIETI)が実施した全国オンライン調査である、2023年度「ウェルビーイング向上のための社会・経済システムのあり方に関するインターネット調査」の個人レベルのクロスセクションデータを使用する。分析に利用するサンプルサイズは約4,000人であり、データは全体的な生活満足度、分野別満足度、最近の引っ越し経験、社会経済的変数などの質問への回答を含んでいる。図1に、個人属性をコントロールした上での市区町村別生活満足度の平均値と人口増加率との関係性を示している。先行研究で見られた通り、人口増加率は全体的な生活満足度の平均値と正の相関があることが分かる。
結果として、全体として成長都市への移住のメリットを強調する傾向が見られた。衰退地域から成長地域への移住は、雇用・賃金、子育て、介護、人々との出会いの機会に関する満足度が有意に高くなっていた。一方で、成長地域から衰退地域への移住は環境や安全、コミュニティに関する満足度の上昇が予想されたが、そのような結果は見られなかった。
この分析結果から、地方部や衰退地域への課題及び政策的含意が導かれる。まず、環境満足度が衰退地域への移住で向上しない理由として、地方部の豊かな自然環境の活用やアクセスの確保のためのインフラが不足していることが考えられる。これらの課題の解決のためには、ライドシェアやオンデマンドバス等の次世代モビリティを活用していくことが期待される。他にも、環境や治安、コミュニティの保全に資する人材の確保のために、関係人口の増加等を通した地方部の環境・治安保全の人材確保等を進めることが、衰退地域や地方部のコミュニティ・治安・環境満足度の向上につながる可能性がある。

- 参考文献
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- Benjamin, D. J., Heffetz, O., Kimball, M. S., & Szembrot, N. (2014). Beyond happiness and satisfaction: Toward well-being indices based on stated preference. American Economic Review, 104(9), 2698-2735.
- Easterlin, R. A., Angelescu, L., & Zweig, J. S. (2011). The impact of modern economic growth on urban–rural differences in subjective well-being. World Development, 39(12), 2187-2198.
- Glaeser, E. L., Gottlieb, J. D., & Ziv, O. (2016). Unhappy cities. Journal of Labor Economics, 34(S2), S129-S182.
- Green, F. (2010). Well-being, job satisfaction and labour mobility. Labour Economics, 17(6), 897-903.
- Requena, F. (2016). Rural–urban living and level of economic development as factors in subjective well-being. Social Indicators Research, 128, 693-708.
- Takahashi, Y., Kubota, H., Shigeto, S., Yoshida, T., & Yamagata, Y. (2021). Diverse values of urban-to-rural migration: A case study of Hokuto City, Japan. Journal of Rural Studies, 87, 292-299.