執筆者 | 中石 知晃(九州大学)/兪 善彬(九州大学)/熊谷 惇也(福岡大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | ウェルビーイング社会実現のための制度設計 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業フロンティアプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ウェルビーイング社会実現のための制度設計」プロジェクト
家庭用太陽光発電(PV)システムは、エネルギーコスト削減と環境負荷軽減の両面で期待される技術として広く普及が進められている。しかし、太陽光発電の導入が電力消費量を削減するだけでなく、「太陽光リバウンド効果」として知られる予期せぬエネルギー消費増加を引き起こす可能性も指摘されている。この効果は、太陽光エネルギーの利用が「低コスト」または「無料」と認識されることで、家庭内での電力使用が促進される現象を指す。本研究では、日本の家庭を対象に、太陽光発電システム導入後の電力消費変化を分析し、リバウンド効果の存在とそのメカニズムを明らかにすることを目的としている。分析手法として、 構造方程式モデリング(Structural Equation Model, (SEM))を採用し、図1のPanel Aの変数をPanel Bのモデルに投入し、推定を行った。

これまでの研究では、ドイツや米国におけるリバウンド効果が報告されている。例えば、Frondel et al. (2023) はドイツの家庭を対象に、太陽光発電の導入が電力消費を削減する一方で、一部の家庭ではコスト削減に伴い逆に消費が増加することを示している。また、Qiu et al. (2019) は、米国において太陽光発電システムが行動変容を引き起こし、家庭の電力使用パターンに大きな影響を与える可能性を指摘している。本研究はこれらの先行研究を踏まえ、日本におけるリバウンド効果の独自性を検討している。
本研究の結果、以下の点が明らかになった。第一に、太陽光発電システムの導入は一部の家庭で電力コストを削減したが、特に冬季において電力消費量が増加する傾向が確認された。この増加は、太陽光エネルギーが「実質的に無料」とみなされ、暖房や家電の使用が増えたためであると考えられる。第二に、省エネ機器や電気自動車(EV)の導入は、リバウンド効果を強める可能性がある。省エネ機器については、Tiefenbeck et al. (2013) が報告するように、効率性向上が新たな使用行動を生み出す「モラルライセンシング(moral licensing)」が観察されている。
さらに、本研究はリバウンド効果が家庭ごとに異なることを示している。具体的には、地域の気候条件や家庭の経済状況、技術の導入状況によってリバウンドの程度が大きく変化している。例えば、日照時間が短い地域では、太陽光発電の効果が十分に得られず、追加的な電力消費が発生しやすい可能性がある。
本研究の政策的示唆として、太陽光発電の環境的・経済的な利益を最大化するために、リバウンド効果を抑制するための行動介入が必要であることが挙げられる。例えば、リアルタイムで電力消費を可視化する技術や、電力の使用効率を高めるインセンティブ政策が有効であると考えられる。また、気候条件や家庭ごとの経済的要因を考慮した地域特化型の政策設計も重要である。
- 参考文献
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- Frondel, Manuel, Kathrin Kaestner, Stephan Sommer, and Colin Vance, “Photovoltaics and the solar rebound: Evidence from germany,” Land Economics, 2023, 99 (2), 265–282.
- Qiu, Yueming, Matthew E Kahn, and Bo Xing, “Quantifying the rebound effects of residential solar panel adoption,” Journal of environmental economics and management, 2019, 96, 310–341.
- Tiefenbeck, Verena, Thorsten Staake, Kurt Roth, and Olga Sachs, “For better or for worse? Empirical evidence of moral licensing in a behavioral energy conservation campaign,” Energy Policy, 2013, 57, 160–171.