ノンテクニカルサマリー

多国籍企業のイノベーションと海外現地法人の輸入行動

執筆者 Eric BOND(ヴァンダービルト大学)/HOANG Trang(米連邦準備制度理事会)/馬 岩(神戸大学)/牧岡 亮(リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

世界全体の貿易や研究開発(R&D)投資に占める多国籍企業の役割は大きい(Backer et al., 2019; National Science Board, 2018)。また、多国籍企業の活動が複数の国に跨っていることを鑑みると、一国でのR&D行動が他国へ波及することが考えられる。実際、多国籍企業の親会社と海外現地法人のそれぞれのR&D投資が、それぞれの生産性に影響を与え合っていることが知られている(Todo and Shimizutani, 2008; Bilir and Morales, 2020)。それでは、多国籍企業親会社や同一多国籍企業内の第三国海外現地法人、当該海外現地法人のR&D投資は、海外現地法人の部品調達行動にどのような影響を与えるか?

このような問題意識のもと、本研究では多国籍企業の本社や海外現地法人で行われるR&D投資が、海外現地法人の部品調達などの輸入行動にどのような影響を与えるかを分析した。そのために本研究では、各R&D投資が海外現地法人の各地域からの輸入調達シェアに与える影響を、固定効果推定法を用いて分析した。海外現地法人や多国籍企業全体の固定効果を説明変数に含めることにより、当該海外現地法人や多国籍企業全体に固有の観察可能・不可能な特性を制御した上で、R&D投資の輸入行動に対する影響を求めることができる。しかしながら同時に、時間とともに変動する観測不可能な要因が、親会社および子会社のR&D投資ならびに子会社の輸入調達パターンに影響を与える可能性が依然として存在する。したがって、本研究の固定効果推定法による分析結果の解釈には注意が必要である。

分析の結果、以下の三つの結果が得られた。第一に、多国籍企業本社のR&D投資は海外現地法人の本社からの部品購入を増やし、現地企業の受入国からの購入シェアを減らす傾向にある(図1)。第二に、子会社のR&D投資は日本の多国籍企業親会社からの部品購入シェアを減らす一方、現地法人受入国からの購入シェアを増やす傾向にある。そして第三に、同一多国籍企業内の第三国現地法人によるR&D投資は、海外現地法人の第三国からの輸入シェアを増やす傾向にあることがわかった。これらの結果は、多国籍企業親会社、現地法人、同一多国籍企業内第三国現地法人のそれぞれのR&D投資が、現地法人の輸入行動に異なる影響を与える可能性を示唆している。特に、多国籍企業内のR&D投資の行われた地域からの、海外現地法人の輸入調達シェアが増加している一方、それ以外の地域からの調達シェアが減少している傾向があるという意味で、多国籍企業の各地でのR&D投資は「R&D投資場所からの部品に偏重した技術進歩」をもたらしている可能性を示唆している。

図1:海外現地法人の各地からの平均仕入れシェア(R&D投資ステータス別)
図1:海外現地法人の各地からの平均仕入れシェア(R&D投資ステータス別)
脚注:海外現地法人の各地からの平均仕入れシェアを、親会社、現地法人のR&D投資ステータスごとに図示したものである。2010年の生データを用いて作成。各バー上の線は、平均値の95%信頼区間を示したもの。

これらの結果の政策的な含意としては、例えば、対日直接投資政策への示唆が考えられる。最近の国際経済学での研究によれば、対内直接投資の受入国内企業の生産性に対する影響は、特に企業間の取引関係を通じた技術・ノウハウの伝達を通じて生じることが知られている(Alfaro-Urena et al., 2022)。その知見と本研究の研究結果を総合すると、対日直接投資の日本国内企業の生産性への影響を最大化するためには、多国籍企業本社でのR&D投資が大きい企業ではなく、現地法人でのR&D投資が大きいような企業を誘致することが重要かもしれない。

参考文献
  • Alfaro-Urena, Alonso, Isabel Manelici, and Jose P. Vasquez (2022). “The Effects of Joining Multinational Supply Chains: New Evidence from Firm-to-Firm Linkages”, Quarterly Journal of Economics, 137(3): 1495-1552.
  • Bilir, Kamran and Eduardo Morales (2020). “Innovation in the Global Firm.” Journal of Political Economy 128(4): 1566-1625.
  • De Backer, Koen, Sébastien Miroudot, and Davide Rigo (2019). “Multinational enterprises in the global economy: Heavily discussed, hardly measured.” VoxEU: 25 Sep 2019.
  • National Science Board (2018). Science and Engineering Indicators 2018 (Alexandria, VA: National Science Foundation).
  • Todo and Shimizutani (2008). “Oversea R&D Activities and Home Productivity Growth: Evidence from Japanese Firm-Level Data.” Journal of Industrial Economics 56(4): 752-777.