ノンテクニカルサマリー

鉄道拡張による道路交通の鉄道への転換が炭素排出量を削減

執筆者 兪 善彬(九州大学)/熊谷 惇也(福岡大学)/松島 広志(Australian National University)/Madhu KHANNA(University of Illinois at Urbana-Champaign)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト ウェルビーイング社会実現のための制度設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ウェルビーイング社会実現のための制度設計」プロジェクト

本研究は、日本における鉄道ネットワーク拡張が炭素排出量削減にどのように寄与しているかを実証的に分析したものである。

交通部門は、化石燃料への依存度が高いため、地球規模での二酸化炭素(CO₂)排出量の主要な要因とされている。鉄道は道路交通に比べエネルギー効率が高いため、持続可能な移動手段として注目されている。しかし、鉄道拡張が炭素排出量削減に及ぼす効果の実証研究は限定的である。

これまでの研究では、鉄道駅の新設が炭素排出量に与える影響が主に調査されてきた。例えば、中国を対象とした研究では、高速鉄道の導入が道路交通量を削減し、大気汚染を軽減することが報告されている(Lin et al., 2021; Zhao et al., 2021)。一方で、個別の駅新設に焦点を当てた研究では、駅周辺で自動車利用が増加し、排出削減効果が相殺されるケースも観察されている(Givoni and Dobruszkes, 2013)。これらの研究は、鉄道拡張の影響を局所的な観点から捉える傾向が強く、ネットワーク全体の効果を評価する研究は少ないと言える。

本研究は、従来の研究が抱える以下の課題を克服する。まず、単なる駅新設の効果ではなく、鉄道ネットワーク全体の拡張による「マーケットアクセス(Market Access, MA)」改善の排出削減効果を評価し、都市間の接続性や長距離移動の効率化が排出削減に果たす役割を明らかにする。さらに、中国など新興国を対象とした研究では鉄道整備前後の影響評価が一般的だが、日本のように鉄道インフラが成熟した国では既存ネットワークの影響を捉えるのが難しい。本研究では、成熟した鉄道ネットワークの累積的な効果を捉えるため、MAと経済学的手法を組み合わせた。 MAは、対象期間中に約20%増加したことが示されている。

本研究では、鉄道網の拡大がCO₂排出量に与える影響を分析し、道路交通から鉄道交通への転換による排出削減効果を評価した。分析対象は1990年から2019年の日本の交通部門におけるCO₂排出量で、鉄道網拡大(MA)と駅の新設が排出量に与える影響を年間および累積的に算出した。

図1は、本研究で計算された、1990年から2019年の人口変化を反映したMA(図1a)と、1990年から2019年までのMAに基づいて計算された市区町村別CO₂減少率(図1b)の変化率を示す。

図1 1990年から2019年の30年間のMAの成長(a)とMAに基づいて計算された市区町村別CO2減少率(b)。濃い色は、より高いMAの成長(a)とより高いCO2減少率(b)を示している。
図1 1990年から2019年の30年間のMAの成長(a)とMAに基づいて計算された市区町村別CO₂減少率(b)。濃い色は、より高いMAの成長(a)とより高いCO₂減少率(b)を示している。

まず、年間排出量の分析結果では、駅の新設により排出量が年間0.077百万トン増加する一方、鉄道網の拡大(MA)では年間3.045~3.461百万トンの排出量削減が観察された。この削減量は、2019年の日本の交通部門の年間排出量の約1.5~1.7%に相当する。特に、MAを用いた分析では、鉄道網の拡大のみで年間最大1.7%の排出量削減が可能であることを示唆している。

次に、1990年から2019年の総排出量に関する結果では、鉄道網の拡大により97.44~110.73百万トンの削減が達成された一方で、駅の新設は2.5百万トンの増加を引き起こしたことが示された。この結果は、駅の新設が単体では排出削減に大きく寄与しないことを示唆している。

鉄道網の拡大効果における人口動態の影響にも注目した。人口動態を考慮しない場合(人口非固定MA)、排出削減効果がより顕著に現れた。北海道のような地方での鉄道拡張は、人口減少地域で排出削減効果が顕著に観察される。しかし、人口動態を考慮すると、地方から都市部への人口流入により、地方と都市を結ぶ長距離移動の需要が減少し、排出削減が弱まることが示唆された。

駅の新設が排出量を増加させる理由として、駅周辺での車両利用の増加が挙げられる。この現象は過去の研究結果とも一致しており、駅単体の新設では排出削減が限定的であることを示している。一方で、MAを用いた分析では、鉄道網全体の改善が車両利用の総量を削減し、結果的に排出量の削減につながることが確認された。鉄道網が成熟している日本のような国では、個別の駅の新設よりも、ネットワーク全体の影響を捉えるMAのような指標が重要であることが分かる。

以上の結果から、鉄道網の拡大がCO₂排出量削減に重要であることが確認された。本研究は、ネットワーク全体の視点が持続可能な交通政策の策定に重要であることを示唆しており、日本のような成熟した鉄道網を持つ国における政策立案に貢献するものである。

参考文献
  1. Lin Yatang, Yu Qin, Jing Wu, and Mandi Xu, “Impact of high-speed rail on road traffic and greenhouse gas emissions,” Nature Climate Change, 2021, 11 (11), 952–957.
  2. Zhao, Luyang, Xiaoqiang Zhang, and Fan Zhao, “The impact of high-speed rail on air quality in counties: econometric study with data from southern Beijing-Tianjin-Hebei, China,” Journal of cleaner production, 2021, 278, 123604.
  3. Givoni, Moshe and Frédéric Dobruszkes, “A review of ex-post evidence for mode substitution and induced demand following the introduction of high-speed rail,” Transport reviews, 2013, 33 (6), 720–742.