執筆者 | アーゴ・ゴーシュ(ニューサウスウェールズ大学)/椋 寛(学習院大学) |
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研究プロジェクト | グローバル経済が直面する政策課題の分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト
近年、国際的なM&A(合併・買収)は増加傾向にある。特に、多くの企業が国境を越えた企業提携を積極的に推進している。しかし、米中貿易摩擦や、地政学的リスクの高まりに伴う各国の規制強化により、その動向は複雑化している。米国が安全保障上の懸念を理由に日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止した事例は、国際的なM&Aへの政治的な介入が行われた典型である。
大統領命令による阻止がなされたUSスチールは例外として、こうしたM&Aは通常は競争当局による審査が行われ、競争制限的で消費者利益を損なう企業結合は禁止されている。しかし、複数の企業が同一企業体となるM&Aではなく、企業間で各々の経営判断に介入しない形で独立性を保ったまま一定の株式を相互に持ち合う部分的相互持ち合い(Partial Cross-Ownership、以下PCO)は、競争当局の審査の対象外になりがちである。しかし、PCOの経済分析、特に国境を越えた国際PCOの影響に関する分析は、これまで十分に行われてこなかった。そこで本研究では、国際貿易の枠組みでPCOが市場競争に与える影響について、国内外の企業が各国市場で競争する寡占市場モデルを構築しつつ、理論分析を行なった。具体的には、以下の図に示したように、①国内PCO、②国際PCO、③国内合併、④国際合併のケースにおける均衡をそれぞれ求め、それらを比較した。

主な研究結果は以下のとおりである。まず、①国内PCOと②国際PCOを比較したところ、国際PCOの方が国内PCOよりも競争を抑制し、より価格を上昇させる場合があることがわかった。これは、国際PCOが関税負担の一部を回避できることによる「部分的関税回避効果」がある一方で、市場における「実質的な競争者数」を大きく減少させるおそれがあるためである(注1)。この結果は、④国際合併の方が各国の生産拠点からの供給により関税を回避できる分、③国内合併よりも常に競争制限的ではないことと対称的である。また、合併のシナジー効果が小さい状況では、一見するとPCOの方が合併の場合よりも競争を制限する度合いが弱いように思われる。しかし、関税率が十分に高い場合、②国際PCOは③国内合併や④国際合併よりも競争制限的になり、最も高い市場価格をもたらしてしまうおそれがある。すなわち、部分的な結合の方が、合併という完全な結合よりも競争を阻害してしまうのである。これは、関税率が高く貿易コストが大きい場合、海外のPCO企業が輸出する誘因を大きく失うと同時に、自企業の利潤を相対的に重視しなくなった国内のPCO企業も同じく供給量を減らすため、結果的に企業数が1社減った分(=合併時の競争抑制効果に対応)以上の競争抑制効果が生じてしまうからである。なお、これらの結果は特定の需要関数の形状に依存しておらず、一般的な需要関数で生じうることが確認されている。
さらに、合併前にPCOを事前に実施することで、競争当局は合併を承認しやすくなる傾向がある。競争当局が消費者余剰基準(消費者利益が損なわれない限り合併を承認する基準)を採用すると想定した時、PCOによってすでに競争力が低下し市場価格が高まった状態が合併前の価格の基準となるため、合併による追加的な競争抑制効果が小さくなるため、より少ないシナジー効果でも価格が上昇しなくなり合併が承認されやすくなるわけである。すなわち、事前のPCOが本来は承認されるべきでない合併を実現させてしまう。企業間の提携の一形態として、PCOは全否定されるべきではないが、PCOが想定以上の競争抑制効果を生むおそれがあることを、認識する必要がある。
本研究から得られる政策含意を述べる。まず、国際PCOは国内PCOに比べて競争抑制効果が強くなるおそれがあり、場合によっては合併よりも競争を抑制しかねないため、より厳格な規制が必要である。具体的には、国際的な株式の相互保有率に上限を設けるなどの方策が考えられる。また、企業間の合併審査を行う際には、当該企業間の事前のPCOの存在が市場競争に与える影響を考慮する必要がある。特に、国際PCOによる競争抑制効果は関税率が高い場合に生じることから、米中貿易戦争をはじめとして各国が保護主義に傾倒すると、こうした企業の部分結合の負の側面が増幅してしまうおそれがあることに注意を払う必要がある。こうした国際PCOの悪影響を避けるためには、自由貿易体制の堅持という貿易政策における協力と、国際的な企業提携がもたらす競争抑制の回避という競争政策における協力の双方を実施することが求められる。
- 脚注
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- ^ PCOにおいて、各企業は引き続き独立的に行動しており、競争者数は明示的には減少しない。しかし、PCO企業は相手の利潤に与えるマイナスの影響を考慮して供給量を減らすため、市場競争が制限される。この効果は「実質的な企業数」の減少と捉えることができる。