執筆者 | 鷲田 祐一(ファカルティフェロー)/肥後 愛(リサーチアシスタント / 一橋大学) |
---|---|
研究プロジェクト | 「デザイン」の組織経営への影響に関する量的指標の普及 |
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「『デザイン』の組織経営への影響に関する量的指標の普及」プロジェクト
日本企業における社内デザイン組織は70年以上の歴史があり、その間に組織的な位置付けが変遷してきた。しかし、デザインに対する経営資源投入は依然としてコスト増加要因とみなされ、経営の上流工程におけるデザインの活用は十分に実現していない。近年、デザイン思考の導入が進んだが、その普及は限定的であり、上流工程だけでなく各事業部への下流工程での対応も依然必要であると結論づけられる。本研究は、デザイン組織の今後の在り方を検討する上で重要な示唆を提供する。
近藤・三好(2020)の研究によると、多くの日本企業では、デザインへの資源投入はコストの増加につながるという認識が根深いため、デザイン組織は往々にしてコストセンターとして位置付けられている。また鷲田(2018)の研究では、多くの日本企業において、デザイン組織の役割に対する評価は、いまだに製品のスタイリングという従来の理解にとどまっていることが多いと示唆された。さらに、鷲田(2021)によると、多くの企業ではデザイン組織を製品開発プロセスの下流工程に位置付けており、企業の業績が悪化した場合などにはデザイン組織は往々にしてコスト削減の最優先対象にされがちだとも指摘された。そのような状態であるゆえ、製品開発の上流工程に参画して各種のアイデアを提案したとしても、経営者はそれを採用することが極めて少ないと指摘された。アーバンらの研究(1989)によれば、米国企業での製品開発の一般的なプロセスでは上流と下流の2か所に「デザイン」が関与するプロセスがあるが、これを日本企業に当てはめると、下流のプロセスについては多くの企業のデザイン組織が参画・貢献できているものの、上流のプロセスには十分に参画・貢献できていない、という分析が成り立つ。
一部の先端的な企業では社長直轄や中央研究所などの全社的位置づけのデザイン組織が設置されることが試みられてきているが、そのような試みは各事業部がデザイン組織に期待する役割とずれているために、想定された機能を十分に発揮できていないのではないか、という懸念である。デザイン組織の、企業意思決定の上流工程への関与は、これまでは新事業開発・新提案、あるいはブランディング強化、という2方向が確認されてきたが、これらはいずれも社内の他の組織(研究開発組織やマーケティング組織など)と競合する機能・役割ともいえる。それゆえ、デザイン組織としての固有・独自の機能とは捉えられにくく、その反作用として業績が厳しい時にコスト削減の対象にされやすいともいえるのではないか。
このような弱点に対処するために、最近10年余りでは、デザイン組織が提供する固有・独自の「手法」として「デザイン思考」が普及してきている。表1は、そのような「デザイン思考」の、日本企業内での普及状況を2020年(一橋大学調べ)と2024年(多摩美術大学調べ)で比較した調査結果である。回答者は、全社的な(上流工程の)組織に所属する企業内個人で、職種別に集計した。これによると、4年間で「デザイン思考」の認知・理解率はかなり上昇し、普及が進んだことが確認できる。しかしそれでもまだ理解が深い層は全体平均で16.4%に留まっている。職種別にみると、「新規事業・研究系」の職種の回答者における普及が26.1%と最も高いことが確認できる。
しかし、本研究の結果では、4年間での浸透・普及は緩やかなものであり、いまだデザイン組織への期待の全体像は、上流工程での全社的な機能・役割だけではカバーしきれず、各事業部への下流工程での適切な対応も同時に必要なものと考えるべきだと結論できる。今後も各企業内のデザイン組織の在り方は様々に検討され変化をし続けると思われるが、本研究で明らかになった過去から現在までの基本的なフレームワークや、それらに照らした時の新しい手法や概念の浸透度についての現状把握は、より効果的な組織の在り方を検討・模索する際に、重要な示唆をもたらすと期待できる。
- 参考文献
-
- 近藤信一, 三好純矢, (2020). 「地方中小企業におけるデザイン経営の理論構築に向けた研究: 岩手県内中小企業とデザイン人材との感性に基づくマッチングの実践に関する考察」. 『機械経済研究』. (51), 1-26.
- G.L.アーバン [ほか]著, 林広茂 [ほか]訳, (1989). 『プロダクトマネジメント : 新製品開発のための戦略的マーケティング』. プレジデント社.
- 鷲田祐一, (2018). 「デザインとイノベーションに関する最新の研究の取り組み」. 『マーケティングジャーナル』. 38(1), 4-6.
- 鷲田祐一, (2021). 『デザイン経営』. 有斐閣.