執筆者 | 浜口 伸明(ファカルティフェロー)/ジョアン・カルロス・フェハス(リオデジャネイロ連邦大学) |
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研究プロジェクト | 革新創発プラットフォームとしての地域経済 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
地域経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「革新創発プラットフォームとしての地域経済」プロジェクト
政府は2023年に「スタートアップ育成5か年計画」を表明し、先端技術領域のイノベーション、雇用増大、社会問題解決など、多様な目的でスタートアップ企業の活躍に強い期待を表している。確かにスタートアップ企業は、前例にとらわれない柔軟な対応、意思決定の速さ、革新的な製品で市場を一気に独占できる可能性などの、若い企業であることの強みがあるが、同時に、組織が未整備、顧客との関係が弱い、技術が未成熟で市場に対応した製品化ができていない、新規性のある製品が市場に受け入れられるまで時間がかかる、競合する既存企業が参入を阻もうとする、資金調達や人材獲得の競争で既存の企業に劣後する、などの、若い故の弱みもある。「弱み」を克服して「強み」を発揮する要因は何か、を探る研究は未知の領域が残されている。
そこで本論文の著者は、2023年度に設立後3年以上10年以下の高度技術分野の企業5140社を対象(注1)に「スタートアップ企業の成長要因に関する調査」(以下、RIETI調査とする)を実施し、739社から回答を得た。RIETI調査の質問票は事前調査として行った理論的考察Hamaguchi and Ferraz (2023)に基づいてResource-based view(RBV)の視点で構成されている(注2)。RBVでは企業の成長要因を企業の内部資源、市場関係、不確実性の3つの観点から分析する。
スタートアップ企業の全体的傾向
RIETI調査の集計結果から日本のスタートアップ企業に次のような傾向が認められる。回答企業の98%はすでに売上げがあり、自社の商品・サービスがローンチされた段階にある。売上高が「1,000万円未満」が135社(19%)、「1,000万円から5,000万円」の企業が252社(35%)、「5,000万円から1億円」の企業が117社(16%)あり、売上げが「1億円超」だと回答した企業は187社(26%)であった。その一方で、多くの企業は事業が成長していないか、成長していても人材獲得が進んでおらず、60%が「従業員なし」または「1名」で創業し、本調査時点まで3~10年が経過しても「従業員なし」または「1名」である企業が40%存在する。特許保有の頻度が低く知財戦略の取り組みも遅れているようである。創業者社長は中年層以上の年齢で、必ずしも高学歴でもない。高度な科学的知識よりも、実務経験、特に経営者としての経験を有し、職務経験を通して形成された人的資本が起業に活用される傾向がある。
市場関係において、ファイナンスについては、創業直後は創業者の自己資金と金融機関から融資を受けるデット・ファイナンス(銀行借入)が重視されている。創業直後にVC等からのエクイティ・ファイナンスを重視する頻度は低いが、将来に向けてエクイティ重視に関心がシフトしている。デットは運転資金や設備投資資金として重視されている。エクイティはより研究開発や高度人材採用に結び付けられている。クラウドファンディングや公的補助金も含めて、企業は資金用途に応じて多様な供給源からの資金を組み合わせている。
市場関係としての立地要因では、人材獲得と販売先との緊密な関係維持が重視されており、アクセスのよさと安価な土地・オフィスのバランスを取りながら最適な立地が考えられている。研究開発協力先との近さを重視する認識が強まっている。
不確実性の認識に関して、内部資源については、財務、販売、イノベーションの能力は今後改善が必要で不確実性が高いと認識されている。市場関係においてインフラに問題はないが、人材獲得のしやすさおよび地域の行政支援の点で改善の必要性を感じ拠点を移転する可能性がある。
スタートアップ企業の成長要因
次に、計量分析モデルを使って企業の売り上げの成長と統計的に有意に相関する要因を分析したてみた。その結果、①資金調達方法において自己資金および民間VCを重視する戦略をとっていること、②民間VCからの資金調達が設備投資を目的としていること、③有能な従業員を雇用しやすい環境を重視する立地戦略をとっていること、④創業者の年齢が30歳代であること、⑤東京都に立地する情報通信産業の企業であること、がより高い売上げの成長に結びついていることが明らかになった。
集計結果では創業期に自己資金とデット・ファインナンスを利用する頻度が高く、創業者は中年層以上の頻度が高いことから実務から得た経験が生かされていることが分かった。しかし企業成長に関してみれば、企業の内部資源としての若い創業者の優位性や市場関係におけるエクイティ・ファイナンスの取入れが重要であることが明らかになった。立地に関しては、回答企業および母集団の60%以上を占める情報通信業においては所在地が東京都であることが成長にプラスに働いている。ただし、情報通信産業以外では地方に立地することが成長につながっていることも統計的に有意に示されており、コストの安さや地域資源を生かした成長の可能性を示している。
企業の従業員数と売上額の間に統計的に有意な関係がなく、スタートアップ企業では売り上げが増えても人材を増やすことができない状況があることが示唆された。ただし時価総額の上昇に企業の成長を実感している企業は雇用を増やしていることから、売上増加と雇用の増加の関係は直線的なものではなく、売上増加が投資家に評価されて時価総額が上昇することがシグナルとなって本格的に雇用が増加するのではないかと考えられる。また東京都に立地することは人材獲得に有利に作用しており、東京に立地する情報通信産業のスタートアップ企業が成長しているという発見とも整合的である。