ノンテクニカルサマリー

日本企業の為替リスク管理とインボイス通貨選択:2022年度日本企業の海外現地法人に対するアンケート調査結果概要

執筆者 佐藤 清隆(横浜国立大学)/鯉渕 賢(中央大学)/伊藤 隆敏(コロンビア大学)/清水 順子(学習院大学)/吉見 太洋(中央大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

本DPは、2022年度(2023年1月)に実施した日系海外現地法人向けアンケート調査の結果をまとめたものである。前回(第3回)の2018年度アンケート調査においてアジア現地通貨建て貿易の増加が顕著に観察されたが、今回の第4回調査では増加ペースが鈍化し、むしろアジア現地通貨建て貿易比率が若干低下していることが確認された。近年、米中間の貿易面での対立が厳しさを増しており、国際的なサプライチェーンは再編を迫られている。この影響が中国を除く他のアジア諸国、特にASEAN諸国にどのような影響を及ぼし、貿易建値通貨選択に大きな変化が生じるか否かを分析するには、今後さらに調査を進めて、情報収集を行う必要がある。

今回の調査で特徴的だったのは、アジアに所在する日系販売現地法人の建値通貨選択である。表1は、販売拠点としてアジア諸国で活動する日系現地法人企業の輸入・調達のパターンと貿易建値通貨選択を示している。販売拠点として活動する現地法人は、調達した財を自らの顧客などに輸出・販売する。この財の輸出・販売先はどの国・地域なのか、輸出・販売するときの建値通貨は何か、についての情報を収集することができれば、財の輸入・調達から輸出・販売までの一連の取引における建値通貨選択を通じて、現地法人が為替リスクをどの程度負担しているのかを明らかにすることができる。本アンケート調査を通じて、回答企業の一連の取引に関する情報を収集したが、表1では回答企業が取り扱う財の件数ベースで単純平均し、アジア所在販売現地法人の建値通貨選択のパターンを明らかにしている。表1から二つの顕著な特徴を示すことができる。

第一に、アジア所在販売現地法人では、円建てでの日本からの調達と現地通貨建てでの販売との間で大きな通貨選択のミスマッチが生まれている。日本からの輸入では、円建て比率の44.5%が最大であり、次いで米ドル建比率が41.7%である(表1(1))。アジア通貨建て比率は全体の12.7%にすぎない。これに対して、日本から輸入した財の輸出・販売における円建て比率は14.8%にとどまっており、米ドル建て比率は34%とやや高い。人民元建てと現地通貨建てを合わせると、全体の46.6%がアジア通貨建てで取引されている。つまり、円とアジア通貨との間で、財調達と財輸出・販売における通貨選択のミスマッチが生まれている。

第二に、現地からの財調達の場合は(表1(2))、調達における現地通貨建て比率が合計で82.5%、米ドル建て比率が14.2%であるのに対して、輸出・販売における現地通貨建て比率は合計で61.0%、米ドル建て比率は26.7%であり、現地通貨と米ドルとの間で通貨選択のミスマッチが生じている。また、海外からの財調達の場合は(表1(3))、調達の米ドル建て比率が78.2%、アジア通貨建て比率が合計で8.4%であるのに対して、輸出・販売では米ドル建て比率が48.6%、アジア通貨建て比率が合計で43.1%となっており、ここでも米ドルとアジア通貨との間でミスマッチが生じている。

表1. アジア所在日系現地法人(販売拠点)の財輸入・調達と輸出・販売における建値通貨選択
表1. アジア所在日系現地法人(販売拠点)の財輸入・調達と輸出・販売における建値通貨選択

つまり、アジア所在の販売現地法人は、日本からの財調達では円とアジア通貨との間のミスマッチが生じており、現地及び海外からの財調達では米ドルとアジア通貨との間でミスマッチが生まれている。ただし、現地調達の場合は米ドル建て輸出・販売が米ドル建てでの調達を上回っているのに対して、海外からの調達の場合は、米ドル建て調達が米ドル建て輸出・販売を上回っている。件数ベースで比較する限り、全体として米ドルとアジア通貨のミスマッチはある程度相殺されている。通貨選択のミスマッチが大きいのは円とアジア通貨である。アジア所在現地法人は円とアジア通貨の間で大きな為替リスクを抱えていることが確認できる。

以上のように、アジアで販売拠点として活動する日系現地法人は、特に円とアジア通貨の間で通貨選択のミスマッチを抱えている。表1の回答件数に基づくと、日系販売現地法人にとって、日本からの財調達は現地からの財調達と同等以上に大きなウェイトを占めている。現地通貨対米ドルよりも、現地通貨対円の為替リスクをどのように管理していくかが、アジア所在日系販売現地法人にとっての重要な戦略課題である。