ノンテクニカルサマリー

集中か分散か?財政政策競争下における環境親和的な立地選択

執筆者 大越 裕史(岡山大学)/東田 啓作(関西学院大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

近年、企業の活動は海外直接投資を通じて多国籍化しており、各国による外国企業の誘致競争が過熱している。外国企業の誘致は、投資先国での生産活動の増加を通じた利益が生じることが知られており、優遇税制や補助金の供与といった財政政策競争が広く展開されている。例えば、アメリカの電気自動車メーカーのテスラの工場を誘致しようと、インドネシアやタイなどの東南アジアの国が誘致合戦をしていると報じられている。

このような企業誘致競争は自国の利益に向けた自然な対応であるものの、問題も指摘されている。企業誘致に行き過ぎた優遇税制や補助金を実現してしまうと、誘致国の税収減少や支出の増加を招いてしまうため、財政負担を増加させてしまいかねない。また、企業の立地が財政競争によって変更してしまう場合は、企業の非効率な生産を招いてしまう恐れもある。このような懸念は、経済協力開発機構(OECD)が「有害な租税競争」と称し、21世紀に入ってから関心を集めており、多くの理論的研究によって、財政政策競争が誘致国や競争地域に与える影響が分析されてきた。

近年では、生産によって生じる環境負荷に対して世界的に関心が高まっており、企業誘致の際に環境への影響を考慮し始めている。実際に、ハンガリーが日本の繊維メーカーのセーレンの生産拠点を誘致した際には、シーヤールトー・ペーテル・ハンガリー外務貿易大臣は環境への配慮を重要視していた。生産活動に紐づいた環境への影響を見落としている既存研究では、財政政策競争の効果を適切に評価することができない。そこで本研究では、企業誘致による生産活動の活発化が環境悪化を誘発する効果に着目をして、財政政策競争がもたらす効果を分析した。

具体的には、市場規模と市場競争の異なる二国(A国・B国)が、第三国にいる外国企業を財政政策によって誘致する状況を分析している。A国はB国よりも市場規模が大きく、より多くの現地企業がいるためB国よりも市場競争が熾烈である。このような状況では、既存研究も示すように、輸送費が大きい場合は市場競争が弱いB国に立地し、輸送費が小さい場合は大規模市場のA国に生産拠点を設けることで外国企業は利潤を最大化できる。外国企業の誘致は市場競争の激化を通じて自国企業に悪影響を及ぼすため、租税競争によって自国企業の少ないB国に外国企業が生産拠点を持ちやすくなることも分かっている。

既存研究も示してきた上記の結果とは異なり、本研究では2つの興味深い結果を得ている。まず、競争国間の輸送費が小さいときは市場規模が大きいA国に立地するという外国企業の立地パターンは、環境を考慮に入れた財政政策競争の下では必ずしも成立しないことが分かった。自国企業の多いA国は外国企業を誘致することで追加的に生じる環境負担が大きく、B国よりも魅力的な財政政策を提示できなくなるため、外国企業は比較的条件の良い政策を提示してくれる市場規模の小さいB国を選ぶのである。

また、図が示すように、財政政策競争によって外国企業の立地選択が市場規模の大きいA国から市場規模の小さいB国に変化するが、誘致競争地域全体の環境負荷への影響は外国企業が誘致競争地域の企業と比べてどれくらい環境にやさしい生産技術を保有しているかによって変わることも明らかになった。外国企業の持つ環境技術が極めて優れている場合、環境技術の低い誘致競争地域の企業の生産量を減らし、外国企業が多く生産をするほうが環境にとっては好ましい。多くの企業が生産をしているA国に外国企業を誘致させたほうが環境には好ましく、外国企業の立地をB国に促す財政政策競争は環境に好ましくない。

図:財政政策競争が環境を改善させるか悪化させるか
図:財政政策競争が環境を改善させるか悪化させるか

これらの結果は、外国企業の保有する環境技術が財政政策競争による立地パターンや環境への影響に重要であることを示唆しており、以下のような政策的な含意を得ることができる。財政政策競争が環境負担を悪化させる立地パターンを誘発しやすいのは、外国企業の保有する環境技術が極めて優れている場合である。環境汚染に悪影響をもたらす財政政策競争を回避するためには、誘致競争国の企業の環境技術と外国企業の環境技術が似たような水準である必要がある。これまでも先進国から途上国に対して行われてきた技術移転のように、環境技術の移転を促進することが求められていることを本研究は示唆している。