ノンテクニカルサマリー

ASEANにおける気候変動とエネルギー安全保障のつながり:エネルギー大臣会合のステートメント文書を利用した計量テキスト分析

執筆者 安橋 正人(コンサルティングフェロー)/岩崎 総則(コンサルティングフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

東南アジア諸国連合(ASEAN)は、気候変動による被害を抑えるため、化石燃料からのCO2排出量を削減するという喫緊の環境課題に直面している。ASEANのCO2排出量は1990年代から急激に増加を続け、2022年には世界シェアが5.5%に達した。こうした状況の下、ASEAN各国は温室効果ガス排出削減目標に関する「国が決定する貢献」(NDC)を国連に提出し、また多くのASEAN各国が、今世紀中頃のネットゼロ排出やカーボン・ニュートラルを宣言している。このため、ASEANは化石燃料の依存を減らして再生可能エネルギー(以下「再エネ」)を導入することで、電力などの二酸化炭素排出量を削減すること(脱炭素)が求められている。

その一方でASEANは、エネルギー安全保障の確保という重要な問題にも向き合う必要がある。安価で安定的なエネルギー供給は、ASEANが経済発展や貧困削減を進める上で避けて通れない。しかし、多くのASEAN各国が増大するエネルギー需要を満たすために、依然として石炭に代表される化石燃料に依存している。ここに、ASEANが気候変動対策とエネルギー安全保障の両立を図ることの難しさがある。本論文は、この両者のつながりがASEANにおいてどのように展開してきたかを、客観的に明らかにする試みである。

本論文の分析では、ASEANエネルギー大臣会合(AMEM)と、その関連会合であるASEAN+3エネルギー大臣会合(AMEM+3)、東アジアサミット・エネルギー大臣会合(EAS EMM)(注1)が発表した声明文書のテキストを利用した。これにより、気候変動とエネルギー政策に関わるASEANとパートナー国の公式な意図を分析することができる。エネルギー安全保障との対比で気候変動対策がいつこれらの会合で議論されるようになったのか、また、脱炭素、省エネルギー(以下「省エネ」)、エネルギー源の多様化(再エネや原子力)、技術開発(水素、電気自動車)などの主題がどのように取り上げられてきたかを示すことが、本論文の具体的な目的である。声明文書の分析にあたっては、プログラミング言語に依拠したテキストアナリティクスの手法を使用した。

本論文の分析結果は、以下のとおりである。まず初めに、気候変動対策とエネルギー安全保障のつながりなどに関係する用語を抽出した。そして、その用語の全体での重要度を表す用語頻度・逆文書頻度(注2)を主題ごとに合計し、主題が時系列でどう変化したかを調べた。図(1)−(3)から、2020年頃から気候変動対策への注目がエネルギー安全保障よりも大きくなるとともに、EAS EMMでの議論がAMEMやAMEM+3よりも先行していたことが読み取れる。また、気候変動対策への関心が、エネルギー技術開発のそれとも一致している。個別の主題についての図(a)−(f)によると、石炭の脱炭素化や再エネへのエネルギー源の多様化が二酸化炭素排出削減の重要な方法と認識される一方で、省エネへの関心が停滞している。水素や電気自動車も、近年になって必要なエネルギー技術と考えられているが、原子力はAMEMとAMEM+3でのみ評価されている。

次に、「技術」と共起する用語(共起語)(注3)に着目した。共起語を主題ごとにまとめて頻度をカウントしたところ、石炭、省エネ、再エネに関する技術開発が長らく注目されてきたことがわかる。しかし、技術開発においても、省エネへの関心がここ数年下落していることが見てとれる。エネルギー大臣会合ごとの技術に関わる主題ごとの分布を調べると、AMEMとAMEM+3が石炭技術に傾斜しているのに対し(それぞれ、49.1%と60.5%)、EAS EMMは省エネ(20.8%)、再エネ(40.8%)、水素(16.0%)の技術開発に幅広く注力している。

以上より、本論文の研究によって、気候変動対策とエネルギー安全保障がASEANのエネルギー大臣会合で密接に関係して議論されているだけでなく、エネルギー技術開発も含めてその関係が時代と共に変化し、また大臣会合ごとに異なる傾向を示すことがわかった。ASEAN地域では、日本政府が中心となってアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)を展開するなど、エネルギー技術開発を通じて、気候変動対策とエネルギー安全保障の両立が積極的に模索されている。こうした中での本論文は、ASEANの気候変動及びエネルギー政策が今後どのような方向に進むべきかを考える一助になるものである。

図:用語頻度・逆文書頻度による主題のトレンド
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図:用語頻度・逆文書頻度による主題のトレンド
脚注
  1. ^ AMEMはASEAN10カ国、AMEM+3はASEAN10カ国と日本、中国、韓国、EAS EMMはAMEM+3とインド、豪州、ニュージーランド、ロシア、米国から構成される。
  2. ^ 用語頻度・逆文書頻度は、ある用語を含む文書数をウエイトにして文書における用語数を補正したものであり、ある文書内の各用語の重要性を測定する尺度である。
  3. ^ 共起語とは、検索語の近くによく一緒に現れる用語のことである。