ノンテクニカルサマリー

事業所と製品を含む大規模生産ネットワークにおける途絶リスク評価

執筆者 井上 寛康(兵庫県立大学 / 理化学研究所計算科学研究センター)/戸堂 康之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済・社会ネットワークと安全保障の関係に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「経済・社会ネットワークと安全保障の関係に関する研究」プロジェクト

サプライチェーンの途絶は、その生産ネットワークを通じて多くの企業へ波及するが、これは実体経済にとって脅威である。具体的には、災害、パンデミック、国家間の紛争といった外的ショックによって一部の企業の生産が減少すると、ショックを直接受けた企業のサプライヤーは需要の欠如から生産を減らさざるを得ず、顧客側の企業も原材料や部品の不足により生産を縮小せざるを得ない。その結果、初期のショックが小さかったとしても、間接的な影響が直接的な影響を上回り、経済全体に大きな変動を引き起しうる。

従来研究では、産業連関表を用いた産業間分析によってショックの波及を推計している。ところが一方、生産ネットワークでは、各企業がすべて異なる取引先を持っており、マクロな生産の複雑な振る舞いは、このネットワーク上の相互作用から生まれるといえる。一方、産業連関表は企業間の取引を集約しているため、個別の状況を捉えることができず、生産ネットワークの振る舞いを理解するには限界がある。そのため、連鎖的な破綻を表現することができず、推計が現実よりも小さく見積もられたり、誤った推計をもたらしたりすることがある。これに対応するため、企業レベルの生産ネットワークデータに基づいた推計が進展しており、それに必要なデータの整備が世界的に急速に進んでいる。

しかしながら、企業レベルの研究は、生産ネットワークの複雑な挙動を明らかにすることに大きく貢献したものの、この企業レベルのネットワークにも限界がある。災害やパンデミックが発生する際、ショックは企業に与えられるが、正確な所在地も特定する必要がある。しかし、企業が事業所の所在地を含んでいない場合、せいぜい本社の所在地がわかるだけであり、そのため推計が信頼できないことは明らかである。さらに、現実の生産ネットワークでは、実際の製品の流れが重要であるが、従来の研究ではそのような情報は考慮されていない。代わりに、企業の産業分類が使われることが多いが、これでは代替可能性の評価には不十分である。もし代替可能性を産業分類で推計するならば、粒度が粗すぎることが問題となる。また、企業や事業所が複数の製品を生産する場合、それらの製品の生産性は、同じ施設で生産されていても別々に評価されるべきであるが、従来の研究ではこのような可能性も考慮されていない。

このギャップを埋めるため、我々はさまざまな生産ネットワークを構築した。最も複雑なものは、事業所と複数の製品の流れから構成されている。具体的には、東京商工リサーチが収集した「企業情報データベース」と「企業間取引データベース」を使用し、2020年時点で1,520,605社の企業と5,860,726件の取引関係を含んでいる。ただし、本研究では製造業セクターに限定して使用している。さらに、経済産業省が実施した「経済センサス基礎調査」も用いており、2021年時点で製造業の事業所が512,401件含まれている。特に後者のデータには事業所が生産する製品情報が含まれており、レシピ推定を通じて企業間のリンクを事業所間のリンクに分解することが可能である。その結果、183,951の事業所、157,537社の企業、および919,982の事業所間のリンクを含む製造業生産ネットワークを構築した。

このネットワークに対して、サプライチェーン途絶の確率モデルを適用し、その応答をシミュレーションにより評価した。企業ネットワークと事業所製品ネットワークを比較したところ、企業ネットワークは、より現実に近い事業所製品ネットワークに対して、被害を過小評価することがわかった。特に途絶の確率が低い場合には顕著に差が表れている(図左)。また、サプライチェーン途絶の始まりが、東京都内か、それ以外かで分けたところ、企業ネットワークは東京を過大評価することがわかった(図右)。これは東京都に本社を持つ企業は、大きな企業が多いためである。ところが実際には事業所製品ネットワークでは有意な差はなく、この理由は事業所は全国に分散しているためである。企業単位で分析を行うと、このように推計の大きな誤りにつながることがはっきりとわかった。

さまざまな経済政策にとってサプライチェーン途絶の正確な推計は重要であるが、本論文で実現された事業所製品ネットワークがそれに貢献することは明らかである。具体的には、たとえば経済安全保障において、ある重要物資がどれだけのインパクトやリスクが我が国にあるのかを推計する場合、産業連関表や企業レベルのネットワークではその分析ができず、この事業所製品レベルネットワークだけがそれを可能とする。

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図
図:左図は企業と事業所製品ネットワークのサプライチェーン途絶への応答を評価したもの。右図は企業と事業所製品ネットワークにおいて、最初のショックが入る地域について、東京とそれ以外で分けた場合。いずれも横軸は途絶の伝播確率である。