ノンテクニカルサマリー

中国との貿易途絶が日本経済に与える影響

執筆者 藤井 大輔(研究員(政策エコノミスト))
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

近年の地政学リスクの上昇によって、グローバリゼーションの巻き戻しが起こっている。ロシアのウクライナ侵攻と、それに伴う西側諸国の経済制裁によって国際貿易の流れは大きく変化した。トランプ政権時の関税引き上げに端を発する米中貿易戦争では、アメリカと中国がお互いに関税を引き上げ続け、両国の貿易量のみならず、労働市場やインフレーション、実質GDPに負の影響をもたらした。日本においても地政学リスクと経済安全保障は重要な政策テーマとして議論が続けられている。特に最大の貿易相手国である中国とのサプライチェーン寸断が日本に与える影響については多くの議論が交わされているが、定量的なエビデンスはまだ少ない。本研究では国際貿易を伴う生産ネットワークの一般均衡モデルを構築し、日本の大規模な企業レベルのネットワークデータを用いてカリブレーションを行った。先に結論を述べると、中国との輸出、輸入量が共に90%減少するようなショックが起こった場合、日本の実質GDPは数ヶ月から1年という短期的なスパンで約7%減少することがわかった。数年単位の中長期では、このGDPへの負の影響は2.7%ほどに低減していく。また、輸入の途絶は輸出の途絶よりも深刻なダメージを与え、貿易途絶の影響は産業間で大きな異質性があることもわかった。

本研究では2021年の経済産業省企業活動基本調査(企活)及び東京商工リサーチ(TSR)の企業データを使用した。企活には大企業を中心とした約3万社の売上高や仕入額、及び中国や北米といった6地域との輸出、輸入のデータが収録されている。TSRは100万社を超える企業情報及び、各企業の仕入れ先と販売先のデータを収録しており、この二つのデータを法人番号をもとに接合させた。産業分類はJIPデータベースの100産業を用い、企業レベルのデータがない項目に関しては産業レベルのデータで補完した。海外からのショックの影響を推定する際には、生産ネットワークを考慮することが重要である。輸出や輸入といった活動は大企業に集中しているが、彼らは国内に多くのサプライヤーやカスタマーを抱えているため、付加価値という意味で間接的に貿易に参加している国内企業が多数存在する。税関データ等の企業レベルの貿易データだけを用いると、そういった国内企業への波及効果を無視することになり、ショックの影響を過小評価してしまう恐れがある。数十万社のネットワーク構造を一般均衡モデルで解くと、メモリや計算時間が膨大になってしまうが、本稿ではスパース行列の関数をうまく使用し、その問題を解決している。

サプライチェーン途絶の影響は、中間財の代替弾力性というパラメータに大きく依存する。代替弾力性が高いと、中国からの部品供給が途絶しても、他国や国内のサプライヤーから調達できるため、影響は軽微である。代替弾力性は時間軸によって異なり、短期では小さく、長期では大きくなる。これは時間があれば、企業は別のサプライヤーを見つけたり、自社で生産したりすることができるからである。本研究においては短期の代替弾力性のパラメータは東日本大震災のサプライチェーン寸断の影響を調べたCarvalho et al. (2020)の値を使用している。本研究と同様のデータを使い、中国との貿易途絶の影響を調べた先行研究にInoue and Todo (2022)があるが、彼らのモデルでは代替弾力性がゼロという仮定が置かれており、貿易途絶の影響が本研究と比べると大きい。Inoue and Todo (2022)の結果は日次や週次といった非常に短期での影響と捉えることができる。

図は横軸に貿易量、縦軸に日本の実質GDPを示した、中国との貿易途絶が日本の実質GDPに与える短期的な影響に関するシミュレーション結果である。ここでは輸出のみ(青)、輸入のみ(オレンジ)、輸出入の両方(黄)が途絶した3つのケースを分析した。ベンチマークとして全てのケースで貿易量が90%減少した際の影響を赤い点線で図示している。ロシアのウクライナ侵攻によって、ドイツやイギリスのロシアからの輸入は90%以上減少しており、このような貿易途絶は現実に起こりうるものである。中国との輸出量が90%減少すると日本の実質GDPは約2.7%減少するのに対し、輸入量が90%減少すると、GDPは4.8%減少することがわかった。輸出と輸入の両方が同時に90%減少すると実質GDPは約7%減少する。これらの結果は数ヶ月から1年ほどの短期的なスパンの見通しであり、数年の中長期のスパンで見ると、輸出と輸入両方が90%途絶した際の影響は約2.7%のGDP減少にとどまる。グラフから、輸出途絶の影響は線形であるのに対し、輸入途絶の影響は非線形であることがわかる。収穫一定の世界では、中国の日本製品への需要が低下しても生産コストは変化しないが、中国からの部品供給が寸断されると生産コストが上昇し、それが他の企業にも波及するからである。産業別に影響をまとめると、輸出入両方が途絶した場合、時計、電子計算機、電子部品、半導体素子等の産業で付加価値(雇用)が大きく減少し、その大半は輸入途絶から来るものである。産業別の結果には大きな異質性があり、例えば皮革製品産業では輸出途絶がポジティブなインパクトをもたらす。これらの影響は、その産業の中国への輸出入依存度、生産における中間財のシェア、サプライチェーンの位置等によって決まる。経済安全保障の議論をする際には、こういった企業別、産業別の特性を考慮し、マクロへのインパクトが大きい産業に対して重点的に対策を行っていくことも重要である。データの制約で本研究では品目別や産業別の弾力性の違いを考慮していないが、今後こういった情報を加味した、より精緻な推定が求められる。

<図>中国との貿易途絶が日本の実質GDPに与える短期的な影響
中国との貿易途絶が日本の実質GDPに与える短期的な影響
参考文献
  • CARVALHO, V. M., M. NIREI, Y. U. SAITO, AND A. TAHBAZ-SALEHI (2020): “Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake,” The Quarterly Journal of Economics, 136, 1255–1321.
  • INOUE, H. AND Y. TODO (2022): “Propagation of Overseas Economic Shocks through Global Supply Chains: Firm-level evidence,” RIETI Discussion Paper Series 22-E-062.