執筆者 | 川窪 悦章(東京大学)/鈴木 崇文(愛知淑徳大学) |
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研究プロジェクト | 企業行動とマクロ経済 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業行動とマクロ経済」プロジェクト
ここ数十年、米国や他の多くの国々ではマークアップ(限界費用に対する価格の比率)の上昇傾向が記録されており、企業の行動や世帯の生活において懸念となっている。一方で、わが国では長い間物価が低迷しており、賃上げのニュースも目新しいものである。それらを踏まえ、本研究では、2000年から2021年までの日本のデータを用いて、企業レベルのマークアップを推計した。データは、企業活動基本調査の2000年から2021年までのデータを用いている。各年に約25000の観測数があり、通年で約44000企業がデータに表れている。マークアップの計測にあたっては、de Loecker and Warzynski (2012)およびNakamura and Ohashi (2019) の手法に倣っている。
先ず、図1の通り、全産業(青色、実線)におけるマークアップは、過去20年間ほとんど変化していないことが分かった。一方で、製造業(赤色、点線)にサンプルを限定すると、マークアップは2000年から2009年にかけて低下し、2010年から2021年にかけては上昇傾向を辿っていることがわかる。コロナ禍ではほとんど変化が見られなかった。非製造業(緑色、点線)については、過去20年間で大きな変動はみられなかったものの、緩やかに上昇している様子が分かる。
次に、産業競争力強化法の改正にあわせて新たに定義された企業分類に基づいて、マークアップのトレンドを見たものが次の図2である。緑色の点線が大企業を示しており、ここでは2000名を超える従業員数を有する企業としている。赤色の点線は新たに定義された中堅企業のグループであり、従業員数が301人から2000人までの企業である。最後に、青色の点線は中小企業を指しており、従業員数が300人以下のものである。なお、ここで、グラフが2007年からとなっているのは、東京商工リサーチのデータが2007年からであり、この図は2つのデータを組み合わせたサンプルを使用しているためである。
最後に、東京商工リサーチの取引ネットワークの情報を利用して、買い手企業と売り手企業のマークアップの関係を分析した。その結果、取引関係にある企業のマークアップには正の有意な相関があることが分かった。サンプルを分けて分析を行ったところ、買い手企業が大企業である場合に特に強い正の相関となっている。また、取引ネットワークの通時的な変化の影響を見るために、取引関係の組替と継続年数に注目して追加的な分析を行った。
それらの結果によれば、取引関係が継続しているグループにおいて、より顕著な相関があり、これは、売り手企業のマークアップの上昇に応じて買い手企業がマークアップを引き上げられない場合に取引関係を終了し、適切に引き上げが可能な場合に継続しているという、選択のメカニズムが示唆されている。また、取引関係の継続年数が長いグループでは、有意な相関が見て取れるのは買い手企業が大企業の場合のみであり、買い手企業と売り手企業との交渉力(bargaining power)の重要性が見て取れた。このように、マークアップが正に有意に相関することで、買い手企業の価格上昇が売り手企業の価格に転嫁されるのは、両者の関係に依存している(relational)様子が見て取れたという意味で興味深い結果といえる。今後も、このような文脈でより細かい分析を継続していく予定である。
- 参考文献
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- de Loecker, Jan and Frederic Warzynski. 2012. "Markups and Firm-Level Export Status." American Economic Review 102 (6): 2437-71.
- Nakamura, Tsuyoshi, and Hiroshi Ohashi. 2019. "Linkage of Markups through Transaction." RIETI Discussion Paper 19-E-107.