ノンテクニカルサマリー

要人の海外訪問とインフラ輸出:円借款案件応札データに基づくエビデンス

執筆者 西立野 修平(リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

2012年、第二次安倍内閣は、「民間投資を喚起する成長戦略」の一環として、経協インフラ戦略会議を設置し、2013年5月に「インフラシステム輸出戦略」を発表した。そこでは、2020年までに日本企業の海外インフラシステム受注額年間30兆円を達成することが目標として掲げられた。同戦略は、2020年12月に改訂され、目標額は2025年までに34兆円(GDPの6%相当)へと引き上げられた。目標達成の具体策として、「企業のグローバル競争力強化に向けた官民連携の推進」をあげ、多彩で強力なトップセールスの推進を具体的施策の一つとした。表1に示されている通り、2013年~2022年の10年間で、総理・閣僚等による海外訪問を通じたトップセールスは1234件、先方の要人が訪日した際のトップセールスは1286件、実施されてきた。安倍元総理大臣は、2017年11月17日の所信表明演説の中で、

“インドの広大な大地を、日本が誇る新幹線が駆け抜ける。この9月、高速鉄道の建設がスタートしました。200回を超えるトップセールスが実を結び、インフラ輸出額は、5年間で10兆円増加しました。我が国の高い技術やノウハウを世界に展開することで、少子高齢化の中でも、大きく成長できるチャンスが広がります。”

と、トップセールスの成果を強調した。また、経協インフラ戦略会議は、具体的なトップセールスの成果事例として、大成建設を含むJVによるカタールのハマド国際空港ターミナル拡張事業落札と東亜建設工業によるアビジャン港湾公社と穀物バース建設事業契約の締結等を挙げている。

表1:総理・閣僚等によるトップセールス実施件数
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表1:総理・閣僚等によるトップセールス実施件数
出典: 2013年~2019年については、第43回経協インフラ戦略会議(2019年6月3日):インフラ輸出戦略フォローマップ第7弾および第47回経協インフラ戦略会議(2020年7月9日):インフラ輸出戦略フォローマップ第8弾を参照。2021年~2022年については、内閣官房よりデータの提供を受けた。

しかし、トップセールスとインフラ輸出の因果関係やトップセールスによる経済的利益の規模等については、エビデンスが存在しない。本稿では、総理・閣僚等の海外訪問を通じたトップセールスに着目し、その純便益を明らかした。本稿では、まず、国際協力機構の円借款案件応札データを用いて、総理・閣僚等の海外訪問が、円借款事業における日本企業の受注確率に与えた効果を分析した。分析の結果、総理・閣僚等の海外訪問がある場合、訪問がない場合と比較して、日本企業の受注確率が47パーセンテージポイント上昇することが分かった。次に、日本経済への波及効果を分析するため、日本企業による円借款事業の受注が、日本の財輸出をどれほど促進したか検証した。分析の結果、日本の財輸出の日本企業の受注金額に対する長期弾性値が0.03(日本の財輸出を3パーセント促進)であることが分かった。最後に、本稿では、第二次安倍政権の総理・閣僚の海外出張費に関する国会議事録を用いて、海外訪問による総費用を算出し、総額約150億円であったと試算した。これらの分析結果に基づき、本稿は、日本のインフラ輸出促進を目的とした要人の海外訪問は、日本経済に対し、2001年~2020年の累計で約8兆円(年間ベースで約4000億円)の純便益をもたらしたと、結論付けた。本研究は途上国における円借款事業を分析対象としているため、ここでの推計値は、経済的利益の下限値と解釈するべきと考える。

これまで、日本の経済外交に関する実証研究は、政府開発援助(ODA)を中心に蓄積が進んできた。具体的には、日本のODAが、日本の財輸出に与えた効果(Nishitateno and Umetani 2023)、日本の対外直接投資に与えた効果(Kimura and Todo 2010; Lee and Ries 2016)、および日本のインフラ輸出に与えた効果(Nishitateno 2023)等がある。他方、近年、総理・閣僚等による海外訪問を通じたトップセールスが積極的に行われているにも関わらず、その評価は行われてこなかった。本稿の分析結果は、総理・閣僚等による海外訪問は、ODAと並んで、日本の経済的利益を実現する上で、有効な経済外交の手段であることを示唆している。

参考文献