ノンテクニカルサマリー

技術移転、排出権取引と国際貿易

執筆者 石川 城太(ファカルティフェロー)/清野 一治(早稲田大学)/蓬田 守弘(上智大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

世界の平均気温は、地球温暖化ガス(GHG)の影響によって1850年から2020年の間に1.09度上昇した。地球温暖化による気候変動によって、豪雨、干ばつ、熱波、大型の台風やハリケーンなどが、以前より頻繁に観測されるようになり、我々の生活に大変深刻な影響を及ぼしつつある。何の対策も取らなければ、2100年には1850~1900年と比べて5.7度も上昇する可能性が指摘されている。

地球温暖化対策として、GHGの排出税や排出権取引といったカーボンプライシングに加えて、GHGの削減技術開発と技術移転が注目されている。2015年のCOP21で採択、2016年に発効したパリ協定(第10条)でも、技術開発・移転の重要性が強調されている。技術移転の取り組みとしては、たとえば、COP16(2010年)で設立が決定され、2013年より稼働・サービスの提供を開始した気候技術センター・ネットワーク(Climate Technology Centre & Network: CTCN)の活動が挙げられる。CTCNでは、途上国からのリクエストに基づき、各国のニーズに沿った支援を行っており、25万米ドルまでの支援は無料となっている。今までに、南アフリカのセメント産業におけるGHGの排出量削減やモロッコのGHG排出量削減のための長期戦略の実施のための分野別技術行動計画の策定などを行ってきた。

本稿は、2国(先進国と途上国)・2財(GHG排出財とGHG非排出財)の一般均衡モデルを構築して、生産技術移転の効果について理論的に分析している。とくに、途上国がGHG排出財に比較優位を持つ自由貿易、及び、国内あるいは国際排出権取引の下で、生産性及びGHG排出量の両面で優れた生産技術が先進国から途上国に移転された場合、世界全体のGHG排出量や両国の経済厚生にどのような影響があるかを考察している。経済厚生への影響を考察する際には、世界全体のGHG排出量の変化(すなわち地球温暖化への影響)のみならず、技術移転による生産効率の改善や交易条件の変化も加味しなければならない。なお、排出権が国際的に取引されている場合には、財貿易の交易条件のみならず、排出権取引の交易条件も考慮しなければならない。

分析から得られた主な結論は、以下の2つである。

まず、技術移転が世界全体のGHG排出量を減らすとは必ずしも限らない。もちろん世界全体のGHGを削減するケースもあるが、たとえば、技術移転が行われても、その前後で排出権が両国で全て利用されていると、世界全体のGHG排出量は変わらない。また、たとえ排出権が国際的に取引されるようになって世界全体のGHG排出量を減らしたとしても、技術移転によって排出権に対する需要が反って増えることで、それを相殺してしまう可能性もある。

興味深いのは、技術移転によって世界全体のGHG排出量が減る場合、GHG排出財の生産技術を移転するよりもGHG非排出財の生産技術を移転した方が、削減量が多い状況が生じうる点である。GHG非排出財の生産技術を途上国に移転することで比較優位が逆転し、途上国がGHG非排出財に特化する場合にそのような状況が生じうる。つまり、比較優位が逆転することで先進国はGHG排出財の生産を増やすが、途上国よりもGHG排出の少ない技術を用いるので、結果として世界全体のGHG排出量が大きく減ることがありうる。

次に、技術移転が経済厚生を悪化させる可能性がある。とくに、技術移転が世界全体のGHG排出量を減らさない場合に経済厚生悪化の可能性が高い。技術移転によって、技術移転を受け入れた国が交易条件悪化によって窮乏化成長する可能性があるということはよく知られている。もし窮乏化成長に加えて地球温暖化が進むと、更なる経済厚生の悪化がもたらされることになる。また、技術移転を行う先進国も、交易条件の悪化などによって、場合によっては経済厚生が悪化する。とくに、技術移転が世界全体のGHG排出量を減らさない場合、先進国は技術移転のインセンティブを失うことになる。

以上の結果から、地球温暖化対策として、ただ単にGHG削減技術を途上国に移転すればよいと考えるのは短絡的であると結論できる。もちろん、我々の分析では限定的な状況を扱っているものの、「GHG削減技術移転については状況に応じた慎重な制度設計が必要である」との政策的含意が頑強であることは十分に示唆されている。また、先行研究ではGHG削減技術移転によって排出権価格が低下するとの理論的結果が得られているが、我々の分析では必ずしもそうならないことが示されている点にも注意が必要である。