執筆者 | 松本 広大(研究員(政策エコノミスト)) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
1. 背景と目的
日本における生活保護制度は、経済的に困窮している人々に対して国の責任において最低限の生活を保障する、いわば最後のセーフティーネットとして機能している制度である。しかし、日本では生活保護基準よりも低い収入しか得ていない世帯のうち、実際に生活保護を受給している割合は、先行研究によると16%から20%程度でイギリス、アメリカ、ドイツなどの他の先進諸国と比較すると低い状況にある。このため、日本では生活保護が必要な人々に十分に行き渡っていないとも指摘される。
日本の生活保護受給者の人口に対する割合は1%程度であり、多くの人々が生活保護を受給しない状況となっている。生活保護を受給しない理由の一つとして考えられるのが、「福祉のスティグマ(恥、不名誉な烙印)」である。これは、生活保護を受給すること自体が幸福度を下げる可能性があるもので、こうした傾向は海外の先行研究から明らかになっている。しかし、海外の先行研究は、失業を文脈とした、働ける年齢層に主眼を置いたものであり、働くことが難しい(難しくなりつつある)高齢者に着目した研究は行われていない。また、海外の状況は明らかになりつつある一方、日本の状況は明らかにされていない。本研究では、日本の状況について、65歳以上の高齢者に焦点を当て、生活保護の受給が幸福度に与える影響について検証した。
2. データと分析方法
本研究に利用するデータは、RIETI、一橋大学、東京大学が共同で実施した「くらしと健康の調査(以下、JSTARという。)」の調査結果である。JSTARで生活保護の受給状況がわかる第2回から第4回調査(2年に1回で2009年、2011年、2013年に調査)のパネルデータを利用した。なお、調査を行った地域は、仙台市、東京都足立区、白川町、金沢市、滝川市、那覇市、鳥栖市、広島市、調布市、富田林市である。JSTARでは生活満足度(4段階で数値が大きくなればなるほど満足度が高い値)を調査しているため、本研究ではこれを幸福度の指標として用いる。分析対象は65歳以上だけではなく、先行研究との整合性を確認するため64歳下も対象とする。また、性別、地域別の分析も行う。
3. 結果と考察
結果は以下のとおりである。 (1) 65歳以上について、生活保護受給の状況は生活満足度に影響を与えない。(2) 64歳以下について、先行研究と同様に、生活保護の受給状況は生活満足度にマイナスの影響を与える傾向がある。(3) 性別による生活保護受給の影響の違いは見られない。(4) 地域による違いについて、先行研究と同様に、仙台市や足立区のような生活保護受給者の人口に対する割合の低い地域ほど、生活保護の受給は生活満足度にマイナスの影響を与える傾向にある。
本研究の新たな発見は、生活保護の受給は65歳以上の高齢者の生活満足度に影響を与えないということである。これは、高齢者は定年などによって既に退職している場合が多いことが影響しているかもしれない。一方、働ける世代については、マイナスの影響が見られたため、生活保護受給者というカテゴリーを無くす政策として、例えば、ベーシックインカムを導入することが考えられるかもしれない。しかし、財源や全世帯に給付することによって生じる労力など実務上の問題を踏まえると実現性が困難であることが指摘されている。よって、その導入には財源の確保とともに実施方法の詳細など更なる議論が必要である。