ノンテクニカルサマリー

味方は近くに敵はもっと近くに:ネットワーク外部性と租税競争

執筆者 大越 裕史(岡山大学)/椋 寛(学習院大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

グローバル化が進行するなか、企業が海外直接投資を通じて最適な生産地を選択する動きがますます活発になっている。外資企業の対内直接投資は投資先国に雇用増加、先進的な技術の移転、競争の促進を通じた消費者利益など、様々な便益をもたらす。そうした便益を獲得するために、各国・地域は様々な税の優遇措置や補助金の供与を通じて、外資企業の国内投資の誘致に取り組んでいる。近年の半導体や電気自動車の誘致をめぐる税制の優遇措置や補助金の供与は、その代表例である。

しかし、こうした租税政策による各国の企業誘致は、「有害な租税競争」となるおそれがある。企業誘致に成功しても、そのための税制優遇や補助金支出が過大であると、その国は税収減や支出増により大きな財政負担を抱えてしまうからである。また、租税競争により生産拠点が効率的な生産が行える国・地域から相対的に非効率な国・地域に移ってしまうと、生産の効率性が損なわれてしまう。さらに、国内・地域内に競合企業がいる場合には、企業誘致により国内企業に損失が生じる。このような背景から、有害な租税競争を除去するための国際的な協調が模索されており、例えば経済協力開発機構(OECD)の租税委員会において継続的に議論が行われている。

租税競争は様々な分野で観察されるが、インターネットの普及に伴い経済のデジタル化が進行するなか、情報技術(IT)関連財の生産誘致に関しても、様々な税制優遇策により対内投資を促す動きが活発になってきている。例えば、ベトナムの法人税の減免や、インドの生産連動型インセンティブ(PLI)スキームにより、スマートフォンの生産メーカーがそれらの国に製造拠点を設立している。ラップトップPCなどの他の電気電子産業の製造拠点の誘致に関しても、ベトナムやタイなどが法人税の軽減や免除を実施している。

こうした租税競争が有害かどうかを適切に評価するためには、理論研究によりその定性的な影響、特に国全体の豊かさの指標となる経済厚生に与える影響を検討する必要がある。実際、租税競争の影響に関して、これまで多数の理論研究が行われてきた。しかし、従来の研究はIT関連財の特性である「ネットワーク効果」を考慮していない。例えば、世界全体でスマートフォンの消費が増えユーザー数が増加するほど、インターネットを介した通話やSNS等の利用満足度が高まり、スマートフォン自体の需要を喚起する効果(直接ネットワーク効果)があるだろう。また、スマートフォンが普及するほど様々なアプリを提供するサービス事業者が増え、やはりスマートフォンの魅力を高め需要を喚起する効果(間接ネットワーク効果)がある。こうしたネットワーク効果を考慮せずして、上記のようなIT関連財における租税競争の評価を適切に行うことはできない。そこで本研究では、消費にネットワーク効果が働く状況における、租税競争の帰結とその影響を理論的に分析した。

具体的には、対内投資による利益と国内競合企業の損失との間のトレードオフを考慮するために、市場規模が大きいが国内に競合企業を抱える国(A国)と、市場規模は小さいが国内に競合企業がいない国(B国)が、(消費のネットワーク効果が働く)ネットワーク財の生産を行う外資企業の誘致を行う状況について分析を行った。A国とB国は投資減税ないし投資補助金の供与を行い、その水準をライバルの国の水準を見ながら戦略的に決定する。

分析の結果は以下の通りである(図参照)。ネットワーク効果が小さい場合は、租税競争による外資企業の立地の変化は、「市場規模が大きい国(A国)→市場規模の小さい国(B国)」となる。これは、競合企業を抱えるA国がB国よりも投資誘致に消極的であるからである。また、そのような立地変化の裏にはB国の多額の補助金支払いがあるため、結果的にA国とB国の経済厚生を合計したものは低下してしまう。すなわち、租税競争をする国を犠牲に多国籍企業が補助金の獲得により大きな利益を得ることになる。これらは、先行研究と同様の結果である。

図

ネットワーク効果が大きい場合、租税競争の勝者とそれが経済厚生に与える影響が劇的に変化する。ネットワーク効果が大きいと、租税競争による外資企業の立地の変化は、逆に「B国からA国」となる。多国籍企業が大きな市場規模と国内企業を抱えるA国に立地すると、結果的にネットワーク財の総消費量がB国立地時よりも拡大し、ネットワーク効果を通じて消費者の利益と各企業の利益が大きく拡大する。そのため、多国籍企業にとって生産拠点としてのA国の魅力が大きく高まり、A国が租税競争に勝利するようになるわけである。また、ネットワーク効果が十分に大きいと、多国籍企業のA国への立地は「敵」であるはずのA国の国内企業の利潤をむしろ増大させ、さらにA国の消費者のみならずB国の消費者にも利益をもたらす。こうした結果は、ネットワーク効果を考慮しない先行研究と大きく異なる。

しかし、だからといって、「IT関連財に関しては租税競争の問題が無い」ということにはならない。いくら租税競争によりB国からA国に立地が変化しても、ネットワーク効果があまり大きくない場合、租税競争を行う国の経済厚生の合計はやはり低下してしまうからである。IT関連財における租税競争を「悪い租税競争」から「良い租税競争」にするためには、データの越境移転の促進、データの国内保存義務の禁止などの政策対応を通じて、ネットワーク効果を高める必要があることを、本研究は示唆している。