ノンテクニカルサマリー

企業の国際化の意思決定と需要学習

執筆者 谷 直起(京都大学 / 財務省)/小川 英治(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

本研究は、企業が海外市場に対外直接投資(FDI)を通じて進出する場合の参入行動を説明する理論モデルを構築し、データを用いて理論の妥当性を実証することで、政府による企業の海外展開支援がどうあるべきかを考察する研究である。

まず、企業の海外市場への参入を扱う国際貿易論の研究では、企業はFDIを行う前に、現地市場に輸出を行い、現地での需要レベルを確認した後に、本格的にFDIにより市場に参入することが知られている。その背景としては、FDI開始時の参入費用(この費用は埋没費用として認識される)が高いため、比較的参入費用の低い輸出により事前に現地での需要レベルを確認することで、FDIの失敗リスク(高い参入費用を払ったにもかかわらず、後に需要がないことが判明して、撤退してしまうリスク)を抑制しているという説明が行われている。

しかしながら、本研究で「企業がFDIを行う前に輸出経験を経ているのか」という点を日本企業のデータを用いて再確認したところ、興味深い事実を発見した。表1は、特定の地域でFDIを開始した企業の数を、事前の(当該地域における)FDI経験及び輸出経験ごとに集計したものである。まず、FDIを開始した企業の61%がFDI実施前に現地市場に輸出を行っていることから、一見、FDIを行う前に輸出により需要レベルを確認するという先行研究の説明を再確認できるように思える。しかしながら、現地市場に関連会社を持たない企業(つまり、初めて現地市場に進出する企業)のFDIに注目すると、赤字部分のように42%の企業しか、事前の輸出経験を持たないことが分かる。つまり、特定の地域に初めてFDIを通じて進出する場合、過半数の企業が事前の輸出経験を経ず、いきなりFDIを開始していることになる。

表1.FDIにより海外市場に進出した企業の当該FDI実施前の現地市場における輸出及びFDI経験
表1.FDIにより海外市場に進出した企業の当該FDI実施前の現地市場における輸出及びFDI経験

本来、先行研究の理論に基づけば、企業は現地市場に初めて参入する場合、FDIの失敗リスクを考慮し、まず輸出を行うのが自然なところ、なぜ過半数の企業が最初からFDIを行うのか。本研究では、企業は、事前に母国(日系企業であれば、日本)の同業種の企業(本論文では“neighbor”と呼ぶ)が現地市場で活動しているかといったneighborの情報を収集し、その情報に基づいて現地市場での需要レベルを学習・予測した上で、参入の意思決定を行うという理論を構築することで、多くの企業が輸出経験を経ずにFDIを開始している背景を理論的に説明している。

具体的には、現地市場において既にFDIを実施しているneighborの生産性レベル(本研究では、neighborの平均生産性を利用)が低い場合には、「生産性の低い企業でも参入できるほど、高い需要があると期待できる市場である」と判断し、企業は輸出経験を経ずに最初からFDIにより参入できるということを理論的に示している。そのうえで、日本企業のデータを用いて、理論の妥当性を検証した結果、まずneighborの数が多い市場においては、企業の売上予測がより正確であり、neighborの情報に基づいた需要の学習が行われていること、そして、(特に、製造業では)neighborの平均生産性が低い市場ほど、企業はFDIによる進出をしやすいことを示している。

このようなneighborの情報からの需要の学習が行われているということは、同時に、neighborの数が十分に多い市場においては、行政が支援せずとも適切な需要予測と参入の意思決定が行えることを示している。一方で、十分な数のneighborが存在しない市場に参入する企業においては、適切な需要予測ができないために、(本来進出可能であるにも関わらず)進出機会を逃すといった非効率が生じる可能性がある。例えば、ある地域の需要の予測が難しい状況では、本来当該地域に参入するのに(需要と照らし合わせた際に)十分な生産性を持つ企業が(予測が十分に行えないために)参入しなかったり、逆に、十分な生産性を持たない企業が(過度に楽観的な予測のもとで)参入し、その後に撤退してしまったり、という非効率な状態が発生してしまう。したがって、日本の政策担当者が企業の海外展開を支援する際には、既に日系企業が十分いて、neighborの情報が十分得られる市場ではなく、あまり日系企業が進出していない市場で、適切な需要予測と参入の意思決定が行えるように、市場の需要に関する情報収集・提供の支援を行うことが重要だということを示唆している。