ノンテクニカルサマリー

農村と都市部の主観的幸福度格差に対するポストマテリアルな価値の影響:Gallup World Poll データに基づく分析

執筆者 兪 善彬(九州大学)/熊谷 惇也(福岡大学)/Thierry COULIBALY(九州大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト ウェルビーイング社会実現のための制度設計
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「ウェルビーイング社会実現のための制度設計」プロジェクト

都市と農村地域間の主観的幸福感(Subjective Well-being,SWB)の格差は、社会的、経済的、政治的な分野における重要な課題を提起している(Easterlin, 2011)。この格差は、資源と機会の不均等な分布に根ざし、生活の質において顕著な差異を生じさせている。都市地域は経済、社会、文化的資源に恵まれ、一方で農村地域はインフラ、教育機会、医療サービスの面で発展課題に直面している(Requena, 2016; Easterlin, 2011)。

本研究は、都市と農村地域間のSWB格差がエンパワーメント、個人成長、社会的信頼といったポストマテリアル価値への不平等なアクセスに起因すると仮定している。関連する既存研究は、ポストマテリアル価値の不足が、自己実現の減少に繋がり、この格差に大きく寄与すると提案している(Inglehart, 2005; Welzel, 2010)。また、農村地域におけるポストマテリアル価値の重要性も強調されており(Lever, 2005)、これらの価値が経済的不平等の影響を緩和し、特に社会的絆を強化することにより幸福感を高める可能性があることが示唆される。

まず、本研究ではグローバルスケールにおいて都市地域と農村地域間のポストマテリアル価値と物質的価値の違いを明らかにする目的で、図1を作成した。この図において、ポストマテリアル価値は上部に、物質的価値は下部に位置付けられている。図1では色のグラデーションが用いられており、都市地域の顕著な利点を示す濃い青色から始まり、中立的な色合いを経て、農村地域の利点を示すオレンジ色へと移行している。特に注目すべきは、図1に示された一貫した傾向であり、都市地域がポストマテリアル価値と物質主義的価値の両方により強い関連を持っていることである。この関連性は、特にヨーロッパ、アジアの一部、アメリカなどの地域で、濃い青色のトーンにより特に顕著であることが示されている。これらの都市と農村の差異は、都市地域におけるポストマテリアル価値と物質主義的価値の格差が、SWBにも影響を与える可能性を示唆している。

図1 都市と農村のポストマテリアル価値と物質主義的価値の格差
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図1 都市と農村のポストマテリアル価値と物質主義的価値の格差

図1からの考察に基づいて、本研究は、グローバルデータを用いたデータ分析(回帰分析) を採用し、都市と農村地域間のSWB格差を特定している。個人レベルの宗教や国の発展度合を考慮して、ポストマテリアル価値とSWB格差との間の因果関係についても分析し、結論の堅牢性を高めている。図2は、回帰分析から得られた推定値に基づいて、都市と農村地域間のSWB格差を定量的に示しており、ポストマテリアル価値と物質主義の間の関係を示唆している(Tabellini, 2010; Riumallo-Herl, 2014)。 モデル1は、都市と農村地域間のSWB格差を示しており、農村地域が都市地域に比べてSWBが低いことを示している。このモデル1をベースラインとし、モデル2では、これにポストマテリアルな価値観を導入し、モデル1を拡充している。モデル3は、モデル1に物質主義的な価値観を付加し、その発展形を示している。そして、モデル4は、モデル1にポストマテリアル及び物質主義的価値観の両方を組み込んだ、包括的なモデルとなっている。

モデル2と3の分析から、ポストマテリアル価値の不足が農村地域のSWB格差に大きく寄与していることが明らかになった。また、モデル4の分析では、物質的価値とポストマテリアル価値の両方を考慮することで、SWB格差が顕著に減少していることが示されている。

提示されたグラフにおける推定値を検討すると、グラフに示されている推定値が負であることから、農村地域は都市地域に比べてSWBが低いことが示唆されている。モデル2とモデル3の分析により、農村地域におけるSWBの格差は、ポストマテリアル価値の不足に大きく起因していることが明らかになった。さらに、モデル4の分析結果からは、物質的価値とポストマテリアル価値の両方を考慮することにより、SWBの格差が顕著に縮小していることが示されている。

図2 都市・農村間のSWB格差に対するポストマテリアル価値の影響
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図2 都市・農村間のSWB格差に対するポストマテリアル価値の影響

図3では、ポストマテリアル価値が都市と農村地域間のSWB格差の縮小に及ぼす具体的な影響を示している。図に示される分析には、5つの異なるモデルが含まれている。一番左側のモデルをベースラインとし、右に続く4つのモデルでは、若者の発展(Youth Development)指数(教育指数)や選択の自由(Freedom of Choice)指数などをベースラインのモデルに追加している。

分析の結果、Community Attachment (人との繋がり)が都市と農村地域間のSWB格差の縮小において重要な役割を果たしていることが明らかになった。この傾向は、すべてのGDPグループで一貫して観察されている。これらの結果は、都市と農村コミュニティ間の生活満足度レベルを調整するために、社会的絆を強化する取り組みが特に効果的であることを示唆している。Community Attachmentに加えて、若者の発展や選択の自由などの要因も、この格差の縮小に大きく貢献している。

図3 多様な側面を考慮した都市・農村間のSWB格差に対するポストマテリアル価値の影響
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図3 多様な側面を考慮した都市・農村間のSWB格差に対するポストマテリアル価値の影響

本研究は、都市と農村地域間のSWB格差とポストマテリアル価値の関係を明らかにし、グローバルスケールでの都市-農村地域間のSBW格差を説明する上でのポストマテリアル価値の重要性を示している。物質的富とポストマテリアルな充足の相互連携を考慮することで、地理的制約を超えてコミュニティの生活の質を向上させるための包括的なアプローチを提案している。

本研究は、都市と農村地域間のSWB格差とポストマテリアル価値の関係を明らかにし、グローバルスケールでの都市-農村地域間のSBW格差を説明する上でのポストマテリアル価値を改善することの重要性 を示している。物質的富とポストマテリアルな充足の相互連携を考慮することで、地理的制約を超えてコミュニティの生活の質を向上させるための包括的なアプローチを提案している。

本DPはSWB格差に関する既存の知見に三つの重要な貢献をしている。まず、SWB格差のしばしば見落とされがちな側面を浮き彫りにし、広範な社会的影響を強調している。次に、都市と農村地域間のSWB格差に寄与する要因についての実証的検討を提供し、この格差の根源と解決策がポストマテリアル価値の領域にある可能性を示唆している。最後に、140カ国以上のデータを分析し、国レベルの洞察を提供する以前の研究には見られなかったグローバルなパターンを捉えている。

参考文献
  1. Requena, Felix, “Rural–urban living and level of economic development as factors in subjective wellbeing,” Social Indicators Research, 2016, 128, 693–708.
  2. Easterlin, Richard A, Laura Angelescu, and Jacqueline S Zweig, “The impact of modern economic growth on urban–rural differences in subjective well-being,” World development, 2011, 39 (12), 2187–2198.
  3. Inglehart, Ronald and Christian Welzel, Modernization, cultural change, and democracy: The human development sequence, Vol. 333, Cambridge university press Cambridge, 2005.
  4. Welzel, Christian and Ronald Inglehart, “Agency, values, and well-being: A human development model,” Social indicators research, 2010, 97, 43–63.
  5. Lever, Joaquina Palomar, Nuria Lanzagorta Pinol, and Jorge Hernandez Uralde, “Poverty, psychological resources and subjective well-being,” Social Indicators Research, 2005, 73, 375–408.
  6. Tabellini, Guido, “Culture and institutions: economic development in the regions of Europe,” Journal of the European Economic association, 2010, 8 (4), 677–716.
  7. Riumallo-Herl, Carlos Javier, Ichiro Kawachi, andMauricio Avendano, “Social capital, mental health and biomarkers in Chile: Assessing the effects of social capital in a middle-income country,” Social science & medicine, 2014, 105, 47–58.