ノンテクニカルサマリー

ASEAN+4諸国におけるグローバルリスク要因とその金利および為替レートへの影響

執筆者 小川 英治(ファカルティフェロー)/羅 鵬飛(摂南大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

国際金融のトリレンマは、為替レートの安定性、金融政策の自律性、自由な資本フローの間のトレードオフを浮き彫りにしており、その結果、諸国の間でグローバルなリスク要因に対する異なる政策反応が生じている。本研究では、米国金融政策、経済政策不確実性、金融リスクおよび石油価格などのグローバルなリスク要因がアジアの短期金利と為替レートに及ぼす影響を検証し、アジア諸国の多様な金融政策目的がグローバルリスクに対する異なる反応をどのように形成しているかを解明する。

ここ数十年、世界経済と金融市場はますます統合され、相互の結びつきが強まっている。アジアの国々、特に東アジアや東南アジアの国々は、世界経済と高度に統合され、国際投資への依存度が高いため、グローバルなリスク要因の影響を受けやすい。その中で、米国金融政策の変更、地政学的リスクによる原油価格の高騰、主要国の経済政策不確実性の高まりなどにより、グローバルリスクがアジア諸国の金融政策や為替レートに与える影響は近年著しく高まっている。このような背景の下、アジア諸国における多様な金融政策目的が、金利や為替レート変動の重要な決定要因となっており、その結果、グローバルリスクによる経済への影響がアジア諸国間で異なっている。こうしたことから、グローバルなリスク要因がアジアの金融政策や為替レートに与える影響について、二つの重要な疑問が浮かび上がってくる:アジア諸国間の金融政策目的の違いは何か?このような金融政策目的の違いが、グローバルなリスク要因に対するアジアの金融政策と為替レートの異なる反応をどのように導いたのか?

これらの疑問に答えるために、まずアジア諸国の金融政策目的の違いを明らかにしたい。IMF (2023)の公表した為替取引および為替制限に関する年次報告は、2022年までのASEAN+4(日本、中国、韓国、香港を含む)の金融政策目的と為替相場制度を示している。その中で、日本、韓国、インドネシア、フィリピン、タイはインフレ目標政策(Inflation Targeting)と変動相場制を採用している。香港とブルネイは固定相場制を採用している。その他の国は、固定と変動為替相場制の中間に位置し、政府の介入によって一定の範囲内で為替レートが変動する中間的為替相場制を採用しながら、様々な金融政策目的を採用している。また、図1はASEAN+4の資本開放度指数を示しており、これは各国の金融市場が外国の投資家にどの程度開かれているかを数値化したものである。2010年から2021年にかけて、ASEAN+4諸国の多くで資本規制が緩和されたことが分かる。その中で、日本、韓国、香港、カンボジア、シンガポールは資本開放度が高い一方で、中国とベトナムでは以前の水準を維持し、インドネシアだけが開放度を低下させた。資本規制緩和によって、外国投資の増加と経済統合の拡大がもたらされるが、同時にグローバル経済の影響を受けやすくなるというリスクも伴う。この事実は、国際金融のジレンマという観点から、アジア諸国を政策目標の違いによって次のように分類することにつながる。

資本規制を持つ中国は、自由な国際資本移動を可能とすれば、金融政策の自律性と為替レートの安定性を弱めることになる。資本規制のない韓国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイは、自由な資本移動と為替レートの安定性を優先するため、米国の金融政策に部分的に同調している。日本は量的・質的金融緩和(QQE)を通じて金融政策の自律性を維持し、金利差の変化に応じて円相場が動くことを認めている。自由な国際資本移動と為替レートの安定性を金融政策の目的とする香港とシンガポールは、金融政策の自律性を放棄し、アンカー通貨国の政策金利に従う。したがって、グローバルな経済変動により、各国が異なる金融政策を採用すると、それぞれの為替レートに独自の影響を及ぼし、結果として国によって金利と為替レートが異なる変動を見せることになる。

本研究の実証分析の主な結果は以下の通りである。第一に、日本を除くほとんどのアジアの金融当局は米国の金融政策の変化に追随しており、国際資本移動と自国通貨の為替レートを安定させるという主要な政策目的を示している。また、追随の程度は各国の為替相場制度によって異なる。第二に、グローバル経済政策不確実性やグローバル金融市場におけるリスクは、ほとんどのアジア通貨を減価させるが、短期金利への影響は比較的小さく、グローバルな金融市場における投資家のリスク選好がアジア諸国の金融政策目的に与える影響は限定的であることを示している。最後に、原油価格ショックに対するアジアの産油国と原油純輸入国の短期金利と為替レートの反応は正反対であり、原油価格が石油輸出国と石油輸入国に与える経済効果の違いを示している。

これらの実証結果は、いくつかの重要な政策的含意を持つ。第一に、金融当局は米国金融政策変更や石油価格上昇などの多面的なグローバルリスクと、それらが国内金融市場や為替レートに与える影響を注意深く監視すべきである。第二に、グローバルリスクの中でも、米国の金融政策の変更は依然として最大の外部ショック要因であり、地域によって異なる金融政策の反応や地域金融市場の不安定性を引き起こしている。したがって、アジア経済の相互依存の高まり、グローバル・バリュー・チェーンと金融統合の進展を考えれば、アジアの金融当局間の政策協調を強化することが急務である。このような協調には、政策対応の同期化、情報システムの共有に加え、主要経済国からのショックの波及効果を緩和するための具体的な措置として、市場介入や政策調整といった共同介入が含まれる。さらに、うまく調整された地域の金融政策協力は、投資家の信頼感を高め、世界経済の不確実性に直面するアジア地域経済をより安定させるだろう。

図1 ASEAN+4経済の資本開放度
図1 ASEAN+4経済の資本開放度
出所:Chinn-Ito Financial Openness Index website
参考文献
  • Fleming, J. (1962). Domestic financial policies under fixed and under floating exchange rates. Imf Economic Review, 9, 369-380.
  • IMF. (2023). Annual report on exchange arrangements and exchange restrictions 2022. Retrieved from https://doi.org/10.5089/9798400235269.012
  • Mundell, R. (1963). Capital mobility and stabilization policy under fixed and flexible exchange rates. Canadian Journal of Economic and Political Science, 29(4), 475-485.