ノンテクニカルサマリー

大規模半導体工場の立地/増設のニュースが地元の労働需給へ与える影響

執筆者 山口 晃(経済産業研究所)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

現在、経済産業省では、「半導体・デジタル産業戦略」を打ち出しており、経済安全保障や今後のデジタル化(DX)やグリーン化(GX)への対応を進めているところである。その中で半導体工場の増強(立地/増設)に力点が置かれていることは周知の通りである。これらの政策が地域経済にどのような影響をもたらしているのかについて政策の実施期間中において調べることは、特に政府のEBPMにおけるアジャイル型政策形成・評価に資するものである。

本分析では月次の都道府県に関するデータセットを構築し、大規模半導体工場の立地/増設に関するニュースが地元の都道府県の新規求人倍率や有効求人倍率に与えた影響について調べている。具体的には「差の差分析」という手法を用い、あたかも半導体工場立地/増設が無かった場合と比してどの程度、労働需給に関する指標が上昇したかを調べている。具体的には、大規模半導体工場の立地/増設があった地域(北海道、岩手県、三重県、広島県、熊本県;それぞれRapidus、キオクシア・ウエスタンデジタル、キオクシア・ウエスタンデジタル、マイクロン、JASMの各社工場が立地/増設)を処置群とし、他の地域とを比較分析をした(東京都・愛知県・大阪府を除いた分析も実施)。また、処置群に対する処置は大規模半導体工場の立地/増設が発表された年月以降の情報を用いている。なお、有効求人倍率は累積的な指標であるため、主な分析では新規求人倍率に注目している。以下が主な結果である。全てのパターンにおいて、大規模半導体工場立地/増設のニュースが与えた地元労働市場への影響は有意に正で0.05-0.08pt程度、新規求人倍率を上昇させたことを示している。

DiDによる主な結果

ここで注意したいのは半導体工場の立地/増設がランダムに行われているわけではなく企業の立地選択によるものである点である。すなわち、当該工場の立地/増設の地域が空港・道路・鉄道等のインフラが整っていたりすることにより、もし大規模半導体工場の立地/増設がなかったとしても、半導体に限らず他の工場立地等が進むことにより新規求人倍率等が上昇する可能性がある。したがって、分析の結果の頑健性をチェックするために2つの頑健性に関するチェックを行った。一つ目が、マッチングDiDと呼ばれるもので、処置群ほど大規模でないもののそれなりの規模で半導体工場が立地した地域(青森県、宮城県、石川県、山梨県、兵庫県)のデータも用いて「差の差分析」を行った。結果としてはそれらの都道府県に限定したとしても、結果は有意に正であった。このことから大規模半導体工場が立地/増設する潜在性を持った地域と比しても今回の処置群の大規模半導体工場は地元の労働需給に正の効果をもたらすことが分かった。二つ目の頑健性のテストはプラセボテストと呼ばれるもので、仮に「ニュース」が実際のニュース発表の3ヶ月前に発表されたとしたときの効果を分析した。ここで統計的有意に差があるとすると、大規模半導体工場が立地/増設された地域が他の地域と比べて、そもそも異なっている(プレトレンドがあるという)ことになる。その分析においても、結果は有意にならず、前述の主な分析結果は頑健であることが確認された。

最後に、最近学術界では、「差の差分析」において、今回のケースのように大規模半導体工場の立地/増設のニュースが流れた年月が異なるような、処置のタイミングが異時点の分析をする際に、推定結果にバイアスが生じうることが報告されており、その可能性を調べる上で「CS-DiD」という手法を用いて分析した。この分析においても、前述の主な分析結果は頑健であることが確認された。 これらの結果から、大規模半導体工場の立地には地元の労働市場を改善させる効果があると確認された。