ノンテクニカルサマリー

電力システムの経済学Ⅲ:発電における非凸性と電力市場設計

執筆者 金本 良嗣(政策研究大学院大学)
研究プロジェクト 電力市場のシステム・デザインとわが国への示唆
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「電力市場のシステム・デザインとわが国への示唆」プロジェクト

電力システムには市場の失敗をもたらす厄介な技術的特性がいくつもあり、電力市場の設計は容易でない。それらのうちであまり知られていないが知的にチャレンジングなのが、発電機の起動コストや最低出力制限によってもたらされる非凸性(Non-convexity)である。これらの非凸性が存在すると、競争的市場均衡が存在しない可能性がある。市場均衡が存在しなければ、電力自由化は最初からつまずいてしまう。この種の問題に対する対応は海外ではこれまで約20年間にわたって積み重ねられてきた。本稿は、これらの進歩を概観して、始まったばかりの日本の取り組みに役立てることを目指している。

図1 発電における非凸性:起動コストと最低出力
図1 発電における非凸性:起動コストと最低出力

競争均衡が存在しない問題への対応策は大きく分けて2つある。

第一に、米国ISO(Independent System Operator, 独立系統運用機関)においては、需要者、供給者の入札に基づいて最適な起動パターンと発電量を混合整数計画(Mixed Integer Programming; MIP)によって決定する。この最適解は一般には市場均衡にならない。赤字になる入札や黒字であっても最適解にならない入札が発生するからである。米国ISOは、そういったケースには損失を補填することによって最適解を実現している。

第二は、欧州で採用されている方式であり、最適解から乖離することを許容する。欧州においては起動コストに対応するためにブロック注文(Block Orders)や複雑注文(Complex Orders)が導入されており、これらを処理するためにMIPソフトウェアを用いた最適化が行われている。ところが、最適解において供給者に損失が発生するケースがあるし、逆に供給者の利益がプラスであっても最適解ではないケースもある。欧州では最適解をあきらめて、これらのケースは約定させないこととしている。その際、供給者への損失補償は行われない。

系統運用と電力市場のアーキテクチャー:欧州型と米国ISO型

上述のように、日本も採用している欧州型の市場設計は米国ISO型の市場設計とは大きく異なる。相違点はゾーン制か地点別限界価格(LMP)制かにとどまるものではなく、表1のように様々な側面に及んでいる。

これらの相違の中で日本における最近の政策課題に直結しているのは需給調整市場と電力卸売市場の同時最適化である。欧州と同様に日本ではこれらの市場が分離していることによって、十分な調整力の調達が困難になっているということから、同時最適化の導入が検討されている。PJM(PJM Interconnection LLC)では10年以上前から同時最適化が実現されている。欧州ではまだであるが、同時最適化の導入に関する検討が始められており、すでにシミュレーション・モデルを用いた分析が行われている。

表1 欧州型と米国ISO型の電力市場アーキテクチャー
表1 欧州型と米国ISO型の電力市場アーキテクチャー

最適化ソフトウェア

起動停止等の決定に用いるMIPは一般的には解くのが極めて難しく、NP困難と言われている。しかしながら、90年代からMIPの解法がめざましい進歩をとげ、良好なパフォーマンスを示すソフトウェアが開発されてきた。米国ISOではPJMが先頭を切って2005 年にMIP を採用し、2015 年には米国ISOのすべてがMIP を用いている。また、前述のように欧州でもMIPを用いている。

日本ではこの面の対応が遅れており、卸電力取引所の約定計算においてはこれから導入を進めるところである。自然変動電源の増加にともなってどの国でも当日の起動停止が多くなり、起動コストを含めた最適化の重要性が高まっている。日本も例外ではなく、前日市場における旧一般電気事業者の売り入札においてブロック入札が占める割合は40%を超えている。約定計算にMIPを採用していないこともあり、欧州のような多様な注文方式を導入することができておらず、低コストの電源が落札機会を逃してしまうという非効率性が発生している可能性がある。

MIPのメリットは最適解を求めることができるようになったことだけにとどまらない。PJMでMIP導入にたずさわった人達によると、それ以前まで用いていたラグランジュ緩和法との比較において、MIPのメリットは、最適性の程度についてより精度の高い計測値を提供できることや、モデリングが容易になることによって同時最適化等の新たな課題に対応できるようになったことである。米国ISOでは巨大で複雑な運用を行っているにもかかわらず、システム費用が驚くほど低く抑えられている。この一つの要因は、ソフトウェアの開発、維持、運用を容易にするというMIPのメリットを最大限に生かしていることであると思われる。

再生可能エネルギー大量導入に対応するための市場設計のさらなる改良

欧州でも米国でも再生可能エネルギー大量導入に対応するためには市場設計のさらなる改良が必要であることが認識され、そのための検討が精力的に行われている。

第一に、米国ISOの伝統的な限界費用プライシングは修正されつつある。多くのISOにおいて、短時間だけ稼働するファストスタート電源については起動コストを価格に組み込むことが認められている。

第二に、米国においても当日市場を導入すべきという提案がある。変動電源の予測誤差を低下させるインセンティブを発電事業者に与えるために当日市場が有益であるという議論である。

第三に、自然変動電源の出力変動に対応するために、リアルタイム市場の設計を改良する動きがある。たとえば、太陽光発電が顕著に増加したカリフォルニアでは需給5分前のリアルタイム市場に加えて、15分市場(Fifteen Minute Market; FMM)を導入している。さらに、リアルタイム市場で5分ごとに独立に最適給電を求めるのではなく、調整電源の変化率制約(ramp rate constraints)を組み込んで先読みをする複数期間最適化(multi-period optimization with look-ahead)の導入と改良が進んでいる。