ノンテクニカルサマリー

在宅勤務で個人の生産性はどう変わるか

執筆者 久米 功一(東洋大学)/鶴 光太郎(ファカルティフェロー)/川上 淳之(東洋大学)
研究プロジェクト AI時代の雇用・教育改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「AI時代の雇用・教育改革」プロジェクト

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、在宅勤務が普及して、在宅勤務者のパフォーマンス、アウトカムに関する多くの研究が生まれている。コロナ以降の研究をみると、在宅勤務が生産性に与える影響は、生産性指標や調査時期によって、正負さまざまとなっており、もともとの在宅勤務のしやすさやインフラなどの仕事環境を把握し、生産性水準の変化を適切な尺度で計測することの必要性が指摘されている。

それらを踏まえて、本研究は、経済産業研究所「Withコロナ・AI時代における新たな働き方に関するインターネット調査」に回答した2021年10月時点の正社員3603人のコロナ前後の在宅勤務の生産性変化を分析した。本研究の特徴として、(1)3つの生産性尺度、①主観的生産性、②生産性変化(コロナ前対比、コロナ前後での効率性変化)、③生産性変化(予想対比、コロナ前後での在宅勤務に対する印象変化)を用いた、(2)在宅勤務可能性を操作変数とする分析や過去の複数時点における生産性の変化に関する分析を行った、(3)自宅や職場のインフラ、コミュニケーションなど様々な調整要因を取り上げて、在宅勤務でより高い生産性を引き出すための政策的な示唆を議論した点が挙げられる。

生産性尺度について、主観的生産性の変化をみると、コロナ拡大・収束とともに上下に変動していた。また、在宅勤務者の20.9%がコロナ前に比べて、生産性(効率性)が上がったと答えており、正社員全体の約35%が、在宅勤務は思ったよりうまくいくという印象をもっていた。

在宅勤務の頻度と主観的生産性の関係をみると、2021年10月時点において、最小二乗法により正の相関が確認された。しかし、操作変数としてテレワークの実施可能性を用いた分析では、在宅勤務頻度と主観的生産性との間に有意な関係は見られなかった。さらに、時点間の差分を用いた分析を行ったところ、在宅勤務の頻度の増減と生産性の増減との間には概ね負の相関がみられた。このことから、新型コロナウイルス感染症の拡大により、在宅勤務を余儀なくされたため、従来のような高い生産性を発揮できなくなった人が少なからずいたことが推察された。ただし、その影響(係数)は時間が経つにつれて小さくなっていることも確認できた。

この点に関連して、図表1に、在宅勤務の実施継続状況別にみた、主観的生産性の推移を示す。コロナ以前から在宅勤務をしていた人は、主観的生産性が低いが、コロナ以後の落ち込みは小さい。一方、コロナ以後に在宅勤務を始めて継続した人の主観的生産性は、もともとレベルが高く、コロナ直後に大きく落ち込むが、その後の回復傾向は明確であった。これらのグループの動きが、全体としての在宅勤務の頻度と生産性の正の相関やそれらの変動間の負の相関に表れていた可能性がある。

図表1. 在宅勤務の経験と各時点の主観的生産性
図表1. 在宅勤務の経験と各時点の主観的生産性

本研究では、在宅勤務の生産性を上げるための方策を考えるために、生産性変化(コロナ前対比、予想対比)と在宅勤務経験者の仕事環境や考え方との関係も分析している。それによると、職場から自宅のインフラや職場コミュニケーションに対するサポートを受けている在宅勤務者ほど、コロナ前後の生産性(効率性)が高まっていた。同様の分析の結果、在宅勤務のメリットとして、自分のペースで働ける、仕事により集中できる、時間的なゆとり、精神的・肉体的な負担の減少、家族との時間の増加を挙げた人ほど、生産性変化がプラスであり、仕事とプライベートの切り分け、職場外でのコミュニケーションの減少をデメリットとして挙げた人は、生産性変化がマイナスになっていた。

本研究の分析結果に鑑みると、コロナ直後やその後、在宅勤務の頻度を高めていく過程では、在宅勤務を余儀なくされて、生産性が低下したことは否定できない。しかし、在宅勤務への慣れやインフラの整備を背景として、時間とともに生産性が高まる動きもみられた。これが全体として在宅勤務の生産性への効果にばらつきを生む要因にもなり、「在宅勤務、即、生産性低下」とは必ずしもいえないことがわかった。それでは在宅勤務と生産性を両立させるためには何が必要だろうか。生産性変化(コロナ前対比、予想対比)の要因分析から、まず在宅勤務のインフラ環境の整備を指摘できる。また、コミュニケーションの課題は克服可能であり、企業内外の人的関係も構築できると考えている人ほど生産性変化が高かった。これらの結果は、在宅勤務と生産性の両立の実現に向けては、在宅勤務のインフラ整備とともに、在宅勤務に対する固定観念を捨て、人間関係やコミュニケ―ションの課題も乗り越えられると考える意識の変革もカギとなることを示唆している。