執筆者 | 久米 功一(東洋大学)/鶴 光太郎(ファカルティフェロー)/佐野 晋平(神戸大学)/安井 健悟(青山学院大学) |
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研究プロジェクト | AI時代の雇用・教育改革 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「AI時代の雇用・教育改革」プロジェクト
Heckmanシカゴ大学教授らの研究をきっかけに、社会経済的な成功の要因として、IQや学力テストのスコアで計測されない非認知能力(non-cognitive ability)が注目されてきた。このなかで、非認知能力の形成においては、就学前(幼児期)の重要性が強調されてきたが、成人以降も伸びるかどうかは言及されてこなかった。また、心理学の分野では、年齢と非認知能力の関係は関心を持たれてきたが、年齢、性別以外の要因をほとんどコントロールしない推定が行われている。
そこで、本研究では、全国6000人から回答を得た経済産業研究所「全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査」の個票データを用いて、非認知能力の代表的な尺度であるビッグファイブ(外向性、協調性、勤勉性、情緒安定性、開放性の5つのパーソナリティ特性)と年齢の有意な相関がみせかけの相関ではないことを示すために、特定の年齢コホートに一律に影響を与えるような外的ショックをコントロールした上で、両者の間に有意な相関があるかを確認した。さらに、非認知能力として、経済学の分野で議論されてきた自尊感情(Self-Esteem)、粘り強さ・やり抜く力を表すグリット(Grit)、行動の責任の所在が自分にあるか他者にあるかを表す統制の所在(Locus of Control)も取り上げ、これらの非認知能力の年齢との関係についての考察も行った。
図表1は、年齢別に非認知能力のスコアの平均値を計算してグラフにしたものである。協調性、勤勉性、情緒安定性、自尊感情、グリットで年齢とともにスコアが上昇していることがわかる。
非認知能力を被説明変数とし、年齢、性別、年齢と性別の交差項、さらには、特定のコホートに関連し、非認知能力の形成にも影響しうる要因:(1)小学校の学習指導要領に基づく授業時間:小学校の総授業時間数、(2)卒業時の経済状況:①最終学歴卒業時の有効求人倍率、②景気動向指数、③就職氷河期世代(回答時点での年齢が40~44歳)ダミー、④氷河期世代(1972~1982年生まれ、就職氷河期世代の前後を含むより広い層)ダミー、(3)成人期以降の加齢効果の違い:初職の雇用形態、を説明変数とする回帰分析を行い、年齢と非認知能力との関係を確認した。その結果、ほとんどの推定において、国内外の先行研究と同様に、協調性、勤勉性、情緒安定性に対して、加齢のプラスの影響が確認された。また、国内研究では明らかにされてこなかった他の非認知能力への加齢効果については、自尊感情やグリットについても同様に正の効果が確認された。加齢効果は、年齢コホート毎に異なるが同一年齢コホートには共通するショック・要因をコントロールしてもおおむね頑健であった。
上記の分析から得られたインプリケーションは次の通りである。第一に、協調性、勤勉性、情緒安定性、自尊心、グリットなどの非認知能力については、成人以降も(平均的という意味で)誰でも高め得る余地がある。第二に、年齢とともに伸びにくい非認知能力については、成人前の取り組みが重要な面もあることである(特に、外向性の下位尺度の活発さや開放性の下位尺度である知的好奇心は年齢と共に低下していた。詳細は論文を参照されたい)。最後に、非認知能力のいくつかは、人生の中で伸び続けるだけでなく、人々の能力格差は縮小する可能性がある。例えば、初職の雇用形態が正社員であった人は平均的な人よりもいくつかの非認知能力が高かったが、加齢効果の大きさはむしろ小さかった。
このように、非認知能力は、就学前のみならず、成人以降も高めることができる。リスキリングによる新しい知識やスキルの獲得だけでなく、成人期以降の非認知能力の活用やその増進に向けた取り組みも望まれる。