ノンテクニカルサマリー

男女別学高校出身者の教育および労働市場のアウトカム

執筆者 安井 健悟(青山学院大学)/佐野 晋平(神戸大学)/久米 功一(東洋大学)/鶴 光太郎(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト AI時代の雇用・教育改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「AI時代の雇用・教育改革」プロジェクト

学校教育の効果を経済学的に分析する場合、従来、焦点が当てられてきたのは、学級規模、カリキュラムの内容、教師の質などであった。こうした中で、近年、注目を集めているテーマの一つに男女別学・共学の影響が挙げられる。日本では長期的に共学化が進んでいるが、アメリカでは男女別学への関心が高まっており、各国で別学の影響についての経済学研究が進んでいる。

そこで、本研究では、経済産業研究所(RIETI)により実施された『全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査』による日本の個票データを用いて、共学出身者に対する別学出身者の高校でのリーダー経験確率、難関大学進学確率、理系学部進学確率、就業後の賃金のそれぞれの差についての分析を行った。分析をするにあたって重要になる出身高校が男女別学か共学かという情報だけでなく、高校進学前の家庭環境、経験、習い事についての情報が豊富であることがこの調査のデータを用いることの利点である。

高校進学前の家庭環境、経験、習い事についての包括的な変数をコントロールすることで、OLS(最小二乗法)で推定したとしても出来る限りバイアスが小さい別学高校出身とアウトカムとの関係を推定しているが、別学高校選択の内生性の可能性に対処するために操作変数を用いた推定も行った。この場合の内生性とは、アウトカムに影響を与える観察されない要因(将来の高い賃金を求めない傾向など)が別学高校選択と相関するために、推定される別学高校出身の影響にバイアスが生じる問題である。操作変数としては、高校進学を考える15歳時点における居住都道府県における別学高校の割合を用いた。通学費用の小ささの観点から居住都道府県内の高校に進学すると想定すれば、居住都道府県に別学高校が多くあるということは別学高校へのアクセス可能性を高める。一方で、居住都道府県に別学校が偶然多いかどうかは個人レベルの観察されない性質とは相関しないと考えられる。また、賃金分布の分位によって、つまり高賃金層、中賃金層、低賃金層の違いによって、別学と共学の賃金差が異なる可能性を明らかにするために分位点回帰(Quantile Regression)も行った。

OLSの推定結果から、男性の場合、別学出身だと難関大進学確率が6.52%ポイント高く、賃金が12.0%高い。観察されない将来のアウトカムを高める要因を持つ人が別学を選択している可能性はあるものの、別学高校自体の影響がある可能性もあるだろう。既存研究を整理してこの背景を考えると、①男子校において比率が高いと考えられる同性教師からポジティブなステレオタイプに従った教育を受ける、②同性教師が規律や学級秩序をうまく管理したりすることにより成績を高める、③男子校における同性のみの環境において異性の目を気にせずに勉強に集中できる効果がある、などの可能性が考えられる。

また、OLSだと女性の別学出身者の賃金は11.7%低い。ただし、操作変数を用いた推定結果からは別学は賃金に有意ではなく、女性の別学教育が賃金を低下させているわけではないことがわかった。そもそも、将来に高い賃金を求めない傾向がある女子(もしくはその家庭)が女子校を志向するセレクションの問題があるために、OLSでは女子校出身者の賃金は低くなっている可能性が考えられ、別学における教育そのものが因果的な意味で賃金を引き下げているわけではないと解釈できる。

さらに、操作変数を用いた1段階目の推定結果から、女性についてのみ15歳時の居住都道府県の別学校の割合が高いと別学校に進学していることが分かり、女性は高校進学の意思決定で地理的な制約を受けている可能性がある。それに対して、男性については15歳時の居住都道府県の別学校の割合と別学校への進学には統計的に有意な関係がなく、地理的な制約を受けていない。

図1. 別学と賃金の関係(分位点回帰・男性)
図1. 別学と賃金の関係(分位点回帰・男性)
注)横軸は分位点回帰の下位10%(q10)から90%(q90)の各分位を示しており、縦軸はそれぞれの分位における別学ダミーの係数である。
図2. 別学と賃金の関係(分位点回帰・女性)
図2. 別学と賃金の関係(分位点回帰・女性)
注)横軸は分位点回帰の下位10%(q10)から90%(q90)の各分位を示しており、縦軸はそれぞれの分位における別学ダミーの係数である。

最後に、分位点回帰を用いた男性の推定結果をまとめた図1を見て分かるように、男性の場合、別学出身者は70パーセンタイルで17.8%、90パーセンタイルで16.1%賃金が高い。高分位において別学出身者の賃金が高いことは、男子進学校の影響の大きさを示唆する。そして、この高分位の賃金差がOLSにおける別学・共学の平均的な賃金差をもたらしていると言える。分位点回帰を用いた女性の推定結果をまとめた図2を見ると、別学出身者は10パーセンタイルで24.7%、30パーセンタイルで19.3%賃金が低い。女性の場合は分位が低いほど別学出身者の賃金が低く、この低分位の賃金差がOLSにおける別学・共学の平均的な賃金差を生んでいることになる。また、操作変数を用いた女性の推定で別学・共学の有意な平均的な賃金差がないということは、低分位において別学出身者の賃金が低いことは因果的な影響ではなく、潜在的に低賃金層になるグループの中でも特に将来の高い賃金を求めない傾向がある女子が別学に進学するという自己選択があるために、低分位における別学・共学の賃金差が生じていたと解釈できる。他方で、女性の賃金分布の高分位では別学出身者と共学出身者に統計的に有意な賃金差がないために、共学進学校ではなく女子進学校を選択する層は将来の高い賃金を求めないとはいえないことが分かる。

まとめると、本研究が分析の対象に選択した高校でのリーダー経験、難関大学進学、理系学部進学、賃金について考えた場合、女性にとって共学の方が別学よりも有利な選択だと言える証拠はなく、男性にとってはむしろ別学の方が将来の賃金のためには有利である可能性があることが分かった。これらのことは、共学化が進む日本の教育政策を考える際のひとつの材料になるだろう。