ノンテクニカルサマリー

多次元的職業スキル尺度の作成とその社会・経済調査データとのリンク:方法と課題

執筆者 山口 一男(客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本稿は米国のO*NETの職業スキルデータを日本版総合社会調査(JGSS)の職業小分類とリンクさせる手法と、その課題点を議論している。米国版O*NETは米国の人口センサスの職業小分類を更に細分化させ2000を超える職業について多次元の職業スキルの尺度を公表している。JGSSがモデルにした米国の総合社会調査(GSS)は米国人口センサスの職業小分類を用いており、このため人口センサスの職業小分類別の各種スキルの平均値を計算できるようになっている。だが、このデータをJGSSにリンクして分析に用いるには2つの問題がある。一つは日本のJGSSの職業分類と米国のGSSの職業分類が1対1に対応しないことである。2つ目は仮に対応しても米国で計測した職業スキルが即日本にも当てはまるかには疑問が残ることである。前者の問題に対しては元のO*NETの分類との対応で補足することが可能である。後者の問題については、日本での職業スキルの計測が理想だが、また厚生労働省の労働研究・研修開発機構が開発した日本版O*NETの職業スキル尺度が存在するのだが、米国版O*NETと異なり、日本版O*NETの職業分類は独自のもので、他の調査とのデータリンクが可能なように設計されておらず、その点今回の分析には利用できない。また一般に日本の職業分類は、米国と比べ、産業分類が混在し、職業スキルの計測に必ずしも適していない。これには日本における職業分類の発達の歴史的経緯が関係している。これらの事実を明らかにしながら、本稿は日本版職業スキルが、他の調査とリンクでき、かつ職業スキルを有効に測定できるようになるためにこれらの課題について、米国版O*NETとJGSSデータのリンクの具体的方法と合わせて議論している。

本稿はまず日本において今まで公的統計および今回利用するJGSSにおける職業分類が、どのような変遷をたどり現在に至っているかを記述している。特に米国の人口センサスの職業分類や、ILOの国際標準職業分類(JSCO)が、異なる経緯を経ながら、最終的には職業スキルの区別を職業分類の中心的基準に取り入れ、また職業分類に産業分類基準が混在することを問題視し取り除いて来たのに対し、日本は労働省編職業分類(厚生労働省編職業分類と改名)も日本標準職業分類も、はじめは米国人口センサスの分類基準であったDOT(職業辞典)や、国際標準職業分類をモデルにして発展したが、そのような欧米が職業スキルの違いを分類基準とする考えについては、それを退けたまま今日に至っていることについて記し、また説明を試みている。

米国では既に1950年人口センサスで、DOT(職業辞典)と呼ばれる職業分類基準に基づいて作業職に「熟練」「半熟練」「非熟練」という区別を職業大分類に設けており、それは1990年人口センサスまで引き継がれた。日本の労働省は始めにこのDOTをモデルとして、1953年に日本版の『職業辞典』を制定したが、1965年の全面改定で、職業間の階層やスキルの違いを重視するDOTの考えを、労働省の主たる業務でもある職業紹介上「利用しにくい、使いにくい」という理由で退け、1960年に制定された日本標準産業分類(JSCO)の職業区分に合わせて「労働省編職業分類」(後に「厚生労働省職業分類」と改名)を制定する。一方米国は1990年後半に米国労働省の職業情報データー・ベース(略称O*NET)を発足させ、その結果1998年にそれまでのDOTに代わる、職業小分類レベルで職業スキルの違いを重視し、不必要な産業分類の混在を排除した、DOTに代わるSOC( 米国標準職業分類)を制定した。またさらに米国O*NETはSOC小分類を更に細分化した2000余の職業について多様な職業スキルを計測し公表するようになった。一方厚生労働省が米国O*NETをモデルにして2020年に活動を開始した日本版O*NETは、500余の職業別の職業スキルを米国と同様に計測、公表したが、それらの職業は厚生労働省の職業紹介の分類基準である「わかりやすさ」を基準に選んだと思われ、米国O*NETと異なり、網羅的でないため他の調査データと職業を介してリンクできず、また職業スキルの違いを反映しない産業区分を職業分類で重視したため、スキルの測定にはふさわしくないものとなっている。

一方1957年にILOが設立した国際標準職業分類(ISCO)をモデルとして1960年に設立した日本標準職業分類(JSCO)は、その後もISCOの1967年改定に合わせて1970年に改定を行うが、ISCOが1988年に職業スキルの区別を職業大分類の基準に盛り込む大幅改定を行った際には、その改定に合わせた改定は行わず、その後もそれ以前のISCOの基準を継承するという選択をして今日に至っている。その理由は明示的に示されていないが、日本の職業分類の基準である「統計目的」(頻度上主要な職業を個別に網羅する)、と事実上厚生労働省の職業紹介を念頭においた、分類のわかりやすさに重点を置く「利用目的」が優先されたためと思われる。

図1は、これらの職業分類の歴史的系譜についてまとめており、図上の実線の矢印は基本的な分類基準が同じ、あるいは極めて類似していること、点線の矢印は基準が大きく変わったが分類の連続性も残していること、矢印がないことは基準が影響していないこと、をそれぞれ示す。

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図1 職業分類の系譜

図1は日本における学術研究目的で行われてきているSSM(社会階層と社会移動調査)と日本版総合社会調査(JGSS)の採用した職業分類についても系譜を示している。SSMは1955年以降、10年ごとに行われている全国調査だが、当初米国DOTをモデルとした日本版「職業辞典」の分類を採用しており、したがって非農林ブルーカラー職における「熟練」「半熟練」「非熟練」の区別を大分類に取り入れていた。その後,JSCOが制定されたあと1975年のSSMでは、職業小分類はJSCOに合わせたが、社会階層化研究には欠かせない「熟練」「半熟練」「非熟練」の区別も大分類で維持するため、JSCOにはないその区別を職業小分類にも適用するという選択をした。図1で1975年SSM調査が1955年SSM調査と1970年改定日本標準産業分類の系譜を同時に引きついでいるとしているのは、この職業大分類でそれ以前のSSM調査(間接的には米国のDOT)の系譜を、小分類で1970年の日本標準産業分類の系譜を引き継いだ特殊性による。2000年に始まった日本版総合社会調査(JGSS)は、階層研究への貢献も考慮して、このSSMの職業分類を引き継いでいる。このため、不十分ではあるが、他の日本の職業分類に比べ、仮に1対1の対応、あるいは平均を取ればスキル尺度が得られる1対多の対応、がJGSSと米国O*NETの職業間でつかない場合でも、ブルーカラー職のスキルレベルに関し同等な類似の職を見つけることが可能となった。今回のJGSSの利用は、そういったJGSSの独自の利点を生かしている。

米国のO*NETの職業スキル尺度を、日本の調査データと職業小分類が同じならスキルも同じとみて、データ分析に用いるのには、もう一つの課題がある。それは文化や社会構造的に日本と異なる米国の尺度を日本データに当てはめることの妥当性についてである。当然無条件に妥当だとは言えない。今回の応用論文

山口一男「『科学技術スキル』と『対人サービススキル』の2種の職業スキルが日本の労働市場においてどう評価され、またそれが男女賃金格差や非正規雇用による人材の不活用にどう結びついているのか」 RIETI-DP 23-J-033

では、その妥当性の基準として
(1)その職業スキルの文化・制度への依存性の少なさ
(2)その職業スキルの高い職をえることの主な決定要因の日米の共通性
の2つの基準で判断している。その結果妥当と判断した職業スキルは(A)科学技術スキル(3成分)と(B)対人サービススキルであり、また妥当でないと判断した職業スキルに「資源管理スキル」(4成分)がある。

職の「科学技術スキル」はその職において「数学を用いて問題を解くスキル」、「科学的知識を用いて問題を解くスキル」、そして「コンピューターとコンピューター・システムを用いて情報を処理するスキル」の3つのスキルが要求される平均的度合いを示す。この職業スキル尺度を日本データに適用する問題は日米で同じ職でのITによる情報処理が日常業務化している度合いにやや差がある職の存在だが、これは文化差ではなく、いわばデジタル化の普及の時間差で、職の特性として本質的に異ならないと判断した。

また職の「対人サービススキル」は「積極的に人々を助けるスキル」と定義されており、女性の多い医療・保健、教育・養育、社会福祉などヒューマン・サービス系の職が高いスコアを与えられている。医療・保健系なら特に看護師や助産師や薬剤師、教育関係では特に盲・ろう・養護学校の教諭、など弱い立場にある受益者と直接接触して助ける職のスコアが最も高くなっている。このスキルも日米に根本的違いはないと思われる。

また「科学技術スキル」の高い職も「対人サービススキル」の高い職も、それらの職の達成に管理職の主な決定要因である年齢や勤続年数の影響は少ない(科学技術スキル)か全くない(対人サービススキル)。この事実に加え米国同様学歴が主な決定要因であることも上記の(2)の基準を満たしていると思われる。

一方「資源管理スキル」は、管理職のあり方の日米の大きな違いに加え、年功序列的な決定要因が主の日本と、学歴や、専門性や、組織を超えた同種の職の経験が主な決定要因である米国では管理職の決定要因に文化的差や社会構造的差が大きく、管理職に米国で要求される「資源管理スキル」が日本の管理職には適用できないことは自明と思われる。

本稿はこれらの議論と共に、今後例えば政府のリスキリング政策の成果の評価などのためには、日本の主要な社会・経済調査の職業分類とリンク可能で、かつ職業スキルの区別において日本標準職業分類を更に細分化した分類を用い、独自の調査により各種職業スキルの尺度を作り出すことの重要性を主張している。