ノンテクニカルサマリー

日本企業のAI導入と生産性:スピルオーバー効果とイノベーション効果

執筆者 池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))/乾 友彦(ファカルティフェロー)/金 榮愨(専修大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

近年、人工知能(Artificial Intelligence, AI)が大きく注目され、ビジネスでの導入と利用も広がりを見せている。しかし、発明から見た日本のAIは国際的にみて必ずしも主導的だとは言えない状況にある。図1は、特許庁(2020)が報告している、AI関連発明のうち、コアになる発明(図2のカテゴリーAに当たる)件数を国際比較したものである。近年、中国や韓国の成長に比べると遅れをとっている。

図1 AIコア発明の国際比較
図1 AIコア発明の国際比較
注:技術分類G06Nが付与されている出願件数
出典:特許庁(2020)により著者作成。

ただし、日本でも2017年以降はAI関連の特許出願件数が図2のように大きく伸びている。

図2 日本のAIコア発明とAI適用発明の推移
図2 日本のAIコア発明とAI適用発明の推移
注:A:AIコア発明、B:技術分類によって定義されたAI関連発明、C:AI関連のコアキーワードによって定義されたAI関連発明。A、B、Cは互いに排他的なものではなく、重なる部分も存在するため、和集合であるA|B|CはAとBとCの合計とは一致しない。2021年11月ダウンロードのため、2019年以降のカバー率が低くなっている。
出典:特許庁(2020)とJ-PlatPatにより著者作成。

本研究では、経済産業省『企業活動基本調査』、東京商工リサーチの企業間取引データ、日経プレスリリースデータ、知的財産研究所のIIPパテントデータベースなどの情報を用いて、企業のAI導入がそのパフォーマンスに与える影響を分析している。また、自社の研究開発によって生み出されるAI関連特許導入に加え、本研究では、AIを導入する取引先企業(サプライヤーとカスタマー)を通じた影響も考慮しながら分析を行う。また、AIは生産過程での効率を高める(プロセスイノベーション)だけでなく、新製品の創出や既存製品の付加価値向上(プロダクトイノベーション)をもたらす可能性がある。例えば、世界的な電気自動車メーカーであるTeslaの電気自動車は、AIによる高度な自動運転システムを搭載している。そのシステムは実運転から出てくるデータをもとに改良され、頻繁にアップデートされる。自動運転システムは有料で提供され、グレードもいくつかに分けられている。このシステムは、Teslaの自動車を他のメーカーの車から差別化し、Teslaの価値を高めると考えられる。このようなものによるアウトプットの増加は、生産性の上昇によるものではなく、AIによるプロジェクトイノベーションの結果である。本研究では、AIがプロダクトイノベーションに与える影響をも分析する。

表は、結果の一部として、AI関連特許と企業の生産性の関係性を検証した推計結果である。AI関連特許は企業の生産性に重要な役割を果たすことが確認できる。また、AI以外の特許と比べ、生産性に与える影響が大きい。また、このようなAI関連特許と企業生産性の関係は、2008年の世界金融危機以降、さらに強くなっていることを、推計結果が示している。

表 AI関連特許と生産性
表 AI関連特許と生産性
注:固定効果推計。産業ダミー、年ダミーを含む。括弧内は頑健標準偏差。1995~2015年。
出典:『企業活動基本調査』、IIPパテントデータベースにより、著者作成。

しかし、企業の生産性レベルごとの推計は、生産性の低い企業において、AI特許の出願が生産性に負の影響を与える可能性があることを示しており、AI関連特許がすべての企業に役に立つとは限らないことを示唆している。

分析の主な結果は以下のとおりである。
(1)AI関連特許は企業の生産性と正の相関があり、非AI特許よりも生産性との関係が強い。
(2)特許出願件数が減少し始めた2009年以降も、AI関連特許と企業生産性の関係は強まっている。
(3)AI関連特許は主に中間以上の生産性の企業で生産性に貢献することが期待される。生産性の低い企業ではAI関連特許が生産性に負の影響を与える可能性がある。
(4)取引関係企業のAI導入が当該企業の生産性に正のスピルオーバー効果をもたらすことは確認できない。
(5)AI関連特許は企業のプロダクトイノベーション、プロセスイノベーション、技術イノベーションのすべてに強く関係し、特に質の高いAI関連特許はイノベーションに中期的かつ重要な影響を与える。

本研究の結果からもAIは既存の非AI特許よりも企業の生産性を高めることが期待される一方、企業間格差を広げる可能性がある。中小企業は人材や資金などの制限から自社開発のAI技術の導入が遅れているためである。サンプル期間中、企業活動基本調査における特許出願企業の割合は、大企業で54%、中小企業で28%であるのに対し、AI特許を出願する企業は大企業の3.2%、中小企業の0.07% であった。AI特許を出願する中小企業は極めて少数である。それに加え、AIは規模の経済性から大企業のビジネスを強化する可能性もある。生産性向上と健全な市場競争、経済のダイナミズムのためにも中小企業におけるAIの導入状況の把握、活用への支援などは今後重要となると思われる。