ノンテクニカルサマリー

「科学技術スキル」と「対人サービススキル」の2種の職業スキルが日本の労働市場においてどう評価され、またそれが男女賃金格差や非正規雇用による人材の不活用にどう結びついているのか

執筆者 山口 一男(客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

日本版総合社会調査(JGSS)の2000-2018年調査データを米国労働省情報サービス機関O*NETの職業スキルデータと職業の小分類レベルでリンクさせたデータを用いて、(1)科学技術スキルの高い職、(2)対人サービススキルの高い職、及び比較のため(3)管理職、の3種の職業特性について、分析1としてその決定要因の共通点と相違点を明らかにし、特に(1)と(3)の決定要因の違いが、日本における女性の科学技術専門職増大の推進と管理職増大の推進について全く異なる政策を要することを明らかにする。また分析2として上記2種の職業スキルが賃金にどのような影響を与えるか、特に男女賃金格差や非正規雇用による人材の不活用に、どう結びついているのかを明らかにする。

ここで職の「科学技術スキル」はO*NETが作成した、その職において「数学を用いて問題を解くスキル」、「科学的知識を用いて問題を解くスキル」、そして「様々な目的のためにコンピュータープログラムを書くスキル」の3つのスキル尺度を筆者が合成した尺度を用いている。科学技術スキルの高い職に就くことに関する男女格差の要因の本稿での解明は、STEMの分野での女性の活躍の推進に関し、実証的な指針を与えることを目的としている。

また職の「対人サービススキル」は「積極的に人々を助けるスキル」とO*NETでは定義されており、女性の多い医療・保健、教育・養育、社会福祉などヒューマン・サービス系の職が高いスコアを与えられている。医療・保健系なら特に看護師や助産師や薬剤師、教育関係では特に盲・ろう・養護学校の教諭、など弱い立場にある受益者と直接接触して助ける職のスコアが最も高くなっている。このスキルを取り上げたのは、人々のウェルビーイングに直接関係するこういった職のスキルが、市場ではあまり高く評価されないという米国での発見は、日本でも成り立つと考えられ、それを実証するためである。

また本稿は非正規雇用とその拡大が、いかに過去そして今後も高学歴化やリスキリング政策など、人材投資によって国民がよりスキルの高い職に付くことができ、またその結果賃金も上昇するという流れに拮抗し、人材投資のベネフィットをかなりの程度無にしかねないということを、間接的ながらも、実証している。以下本稿の発見事項を具体的に述べる。

科学技術スキルの高い職の達成については以下が判明した。

  1. 科学技術スキルの高い職を得ることの最も重要な決定要因は学歴で、中卒、高卒、短大・高専卒、大卒、大学院卒と学歴が高くなればなるほど、得る職の科学技術スキルのレベルが高くなる。一方管理職の決定には重要な年齢や(同じ会社・組織での)勤続年数の影響は小さい。
  2. 科学技術スキルの高い職を得ることの大きな男女格差は以下がある:(A)高学歴者の割合が、男性に比べ女性に少ないこと、(B)女性は男性に比べ非正規雇用者割合が大きく、非正規の職で科学技術スキルの高い職が少ないこと、(C)大学での科学技術系の学科専攻割合が、女性は男性に比べ非常に少ないため、大学進学率の増大が、かえって科学技術スキルの高い職に得ることの男女格差を増大させること。
  3. 教育の影響を超えて、父親の職の高いスキルは、同種のスキルの高い職を子どもが得る傾向を平均的には増大させるが、科学技術スキルの場合、父親の職のスキルの高さは、息子の職のスキルを高めるが、娘の職には全く影響しない。また父親の科学技術スキルの高さが息子に影響し、娘に影響しないことは、上記の②-Cの短大・高専以下の者に比べ大卒者間の科学技術スキルの男女格差がより大きいことを説明する。

また対人サービススキルの高い職の達成の主な特徴は以下である。

  1. 対人サービススキルの高い職を得る傾向は、女性の方が男性より大きい。また、このスキルの高い職を得る可能性は、高卒以下より、短大・高専卒以上の方が大きいが、短大・高専以上では学歴の高さは影響しない。また年齢や勤続年数は全く影響しない。
  2. 非正規雇用や自営・家族従業が対人サービススキルの高い職を得る可能性を低めるのは女性のみに当てはまる。
  3. 教育の影響を超えて、父親の職の高いスキルが、同種のスキルの高い職を子どもが得る傾向は対人サービススキルにも存在するが、科学技術スキルの場合と異なり、父親の職のスキルの高さは、息子の職に対する影響に比べ約3分の1と小さいものの、娘の職に対しても影響する。従って父親の職のスキルの高さが子どもの職に与える影響は、子どもの性別だけでなくスキルの種類によっても異なる。

また2種の職のスキルの賃金への影響については以下の結果を得た。

  1. 職の科学技術レベルの男女差が男女賃金格差を説明する度合いは、管理職割合の男女格差が男女賃金格差を説明する度合いにほぼ匹敵する。
  2. 科学技術スキルのより高い職や、対人サービススキルのより高い職に就くことは、ともに賃金を上昇させるが、前者の賃金への影響は後者の影響の約3.5倍もあり、労働市場でのスキルの評価に大きな違いがある。またこの事実は、専門職の男女の分離が、男女賃金格差を生むメカニズムの、重要な特性である。
  3. 科学技術スキルも対人サービススキルも、ともにスキルが高い職に就くほど、同じスキルレベルの男女の賃金格差が小さくなる。
  4. 非正規雇用による賃金減少は職の科学技術スキルに関わらず起こる。また対人サービススキルの高さに対する賃金の見返りは非正規雇用の場合より大きく引き下げられる。これは特に男性に多い科学技術スキルの高い職を持つ者、女性に多い対人サービススキルの高い職を持つ者に対し、非正規雇用が賃金搾取的性格(スキルに対し不当に低い賃金を支払っている)ことを示唆する。

これらのうち②③の結果は、STEM系の職業での女性の活躍が日本で大きく遅れている原因について明らかにし、科学技術スキルの高い職を得る女性の推進に関する政策に関し、どこに重点を置くべきかの指針を与えると考えられる。また、⑧は米国でイングランドらによって主張されていた女性に多い“Nurturance skill” の高い職業が労働市場では過小評価されているという主張が、日本でも成り立つことを実証した。

一方、科学技術スキルにしても、対人サービススキルにしても、より高いスキルの職に就く者の間では、男女賃金格差が少なくなるという⑨の事実は、職業スキルの向上に結び付く施策が、男女平等化をもたらすということを実証している。

その一方、⑩は、非正規雇用の拡大が如何に人材活用上外部不経済をもたらすのかを計量的に示すことができた実例といえるだろう。職の科学技術スキルも、対人サービススキルも、スキルの向上が賃金の向上に結びついている。しかし、この職業スキルの向上が賃金向上を生むという自然なメカニズムは、非正規雇用者には大幅に削減されてしまう。正規雇用と非正規雇用の賃金格差が、変わらない(科学技術スキルの場合)、か職のスキルのレベルが高くなるほどむしろ大きくなる(対人サービススキル)ため、非正規雇用である限り、高い職業スキルの職に就いても賃金は大きく上昇しない。これは、労働者のインセンティブ上も、社会的公平な賃金のありかたの観点からも、理不尽で、非正規雇用者の「スキル搾取」ともいえる。また、非正規雇用が、女性や非大卒者という、正規雇用であっても比較的低賃金のグループにより多くなることも極めて不公平に思える。筆者は賃金格差が人材投資やその十分な活用の結果生まれるならば、不合理とは全く思わない。しかし非正規雇用というのは、事実上、人材が投資に見合う活用機会を得ることを奪うか、仮に活用してもそれに見合う賃金を得ることを阻むような雇用形態といえる。