ノンテクニカルサマリー

科学技術革新における制度設計に関する一考察—中国の「新型挙国体制」とEUの「開放的戦略自主性」との比較分析から

執筆者 孟 健軍(客員研究員)/潘 墨涛(武漢大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

“米中競争時代”の重要な分野の1つとして、科学技術革新事業は国家安全、産業調整、および国際分業などの重要な領域に直結し、科学技術革新の制度設計と政策も米中両国のそれぞれの“政治的合法性”のレベルに高めてきている。本稿では、中国がなぜ科学技術革新における「新型挙国体制」という制度設計を採用したのかについてその必然性と合理性、および制度設計の深層ロジックに対してより客観的な認識を形成するために、同じ歴史時期に異なる内外の環境下におけるEUの「開放的戦略自主性」との比較分析により考察する。

2022年9月に、「新型挙国体制」に関する中国政府の公式定義は「国家の重点事業に国力と資源を組織的に集中する新体制」となり、狙いは国家の科学技術事業の独立自主性を推進し、「ボトルネック」問題に対処することを強調している。これは制度設計の経路依存のレガシーの側面があるものの、科学技術の「キャッチアップ」という政治的意図より実用的属性の意味が強い。これと同時期に、EUも自身の科学技術革新体制は「開放的戦略自主性」という当面の制度設計を提案し、その根本的な特質は欧州統合の基本的な論理の上にあるEUの経済貿易産業と科学技術革新戦略の枠組みである。これは明らかに米中競争時代の産物でありながら、具体的な科学技術革新政策がこの戦略方針に従い、EU内各国の開放的な協力を活用し、自身の自主独立性を維持することを強調することによって利益のバランスを図っている。本稿は、中国とEUの各々制度設計の視点からその背景、組織形態、人材と資金の配分等を具体的に比較し、以下のいくつかの成果や政策知見を得た。

まず、グローバルイノベーション指数は1つの側面から一国の科学技術革新の実力を客観的かつ比較可能に評価することができる。図に示されたように中国のイノベーション指数の得点は2011年の44.66から2022年の55.30に急上昇し、EUと日本を追い抜いた。また、中国のイノベーション指数ランキングは2013年の世界35位から2022年の11位に上昇した。中国政府は2013年に胡錦涛政権から習近平政権に交替してから、中国は国家のイノベーション能力の低下傾向を阻止することに成功した。

次に、中国とEUの間には“米中競争”に比べて、全方位の競争関係は存在せず、競争は基本的に科学技術製品の産業分野や科学技術革新に関する基準の構築に集中し、双方の持続的な協調を通じて対応することができる。例えば、R&D投入上位3種目を比較すると、中国とEUとの競争の焦点は情報通信技術生産(ICT producers)分野にあるが、その強度は米中の間より弱く、米中は情報通信技術の生産とサービスの2つの分野で、厳しい同質化競争を繰り広げている。

第三に、科学技術政策や科学技術革新制度のパラダイム転換は米中が競い合う近年の時代的特徴から考えると、中国は「民生」を基礎とし、「国防」を保障とし、「産業」を原動力とする科学技術革新制度のパラダイムを形成し、これも「新型挙国体制」の理想的な形であると思われる。また、中国の国家規模や歴史的記憶は対外競争において「影響力」の向上を根底とし、科学技術革新分野では可能な限りの「自力更生」が行われることを決定している。

第四に、国内外現状の制約を考えると、米国との競争は中国の資源配置の不備や外部の重要技術へ依存度が高い問題などを露呈し、経済資源を一定的に集中して重要な科学技術問題の研究を行うことは「新型挙国体制」が政府政策の重要な選択であり、ある意味で外部脅威に対応する“防御反応”の性質を持っている。従って、EUの「開放的戦略自主」とは異なり、現在の中国の科学技術革新が「新型挙国体制」を選択することには必然性と合理性がある。

最後に、現行の「新型挙国体制」は、国家が人材や資金を集中させて重点事業に集中する上で、産学研の分業を制度化させ、国内地域の革新組織の形態を差別化させている。この柔軟性はEUの「開放的戦略自主」体制と相似することを指摘すべきである。同時に、市場の役割を無視した旧ソ連の科学技術体制とはまったく異なり、「新型挙国体制」は科学技術革新における「有効な市場」と「有為な政府」の役割を強調している。これはEUが科学技術革新の人材と資金の市場競争性配置を強調している背景の論理と一致している。

無論、中国の「新型挙国体制」には制度設計の合理性はあるが、明らかな「副作用」もある。最も際立っているのは科学技術革新を促すために、常に「短距離の走り」の思考で「マラソンの走り」の成果を求めることにあろう。また、EUの「開放的戦略自主」に比べ、中国の「新型挙国体制」には「非開放性」という先天性不足が存在する。その起因は、一方で米国が近年、対中の技術制限や孤立政策を取っている面があるが、もう一方で中国自身が世界各国のビジョンに応えるために多元的な利益を統合する面に経験の不足が存在する。中国の「新型挙国体制」は、かつての国内市場の開放性と引き換えに科学技術革新の開放性を求めることを依然として堅持すべきであり、今後の経済社会発展を支える方向でもあると考えられる。

中国、EU、米国、日本のグローバルイノベーション指数(GII)の得点と順位
中国、EU、米国、日本のグローバルイノベーション指数(GII)の得点と順位
出所:国連世界知的所有権機関(WIPO)各年度Global Innovation Index (GII)報告により筆者作成