ノンテクニカルサマリー

技術進歩・女性の時間配分・家族形成の長期的趨勢

執筆者 北尾 早霧(上席研究員(特任))/中国 奏人(東京大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

過去半世紀を通じ、わが国における家族のあり方は大きな変容を遂げてきた。図1に示すような婚姻率や出生率の低下といった家族形成にまつわる変化のみならず、家庭内における(とりわけ女性の)時間配分の変化も見逃せない。例えば、50年前と比べて既婚女性は余暇や育児により多くの時間を費やすようになった一方で、家事時間に充てる時間は大幅に減少している。

こうした、家族のあり方の長期的趨勢を規定する要因は何であろうか。半世紀にわたる長期のトレンドを考えるうえで、我々の社会・経済活動の基盤となる生産技術体系とその進歩、それに伴う賃金構造の変化が果たしてきた役割は無視できない。それらは一国の所得水準や所得分配のあり方を規定し、家族形成や時間配分を含む人々の選択・行動様式を左右する重要な要素であるからだ。

技術進歩と一口に言っても、その形態・含意は多様であり、必ずしも全ての労働者がその恩恵を享受できるわけでもない。例えば、労働者の生産性・賃金をあまねく引き上げるような技術進歩、いわゆる全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP)の上昇は、マクロレベルで技術水準の変容を捉える際に頻繁に参照される概念である。それ以外にも、例えばAI技術の発達のように、それらを使いこなすことができる高スキル労働者の生産性・賃金上昇に寄与する技術進歩も存在する(Skill-biased Technological Change, SBTC)。さらに重要なのは、女性の生産性・賃金を相対的に引き上げるような技術進歩であり(Gender-biased Technological Change, GBTC; Female-specific Skill-biased Technological Change, F-SBTC)、これは過去数十年を通じてわが国や諸外国で観測されてきた、男女賃金格差縮小の主な原動力と考えられる。女性がより力を発揮しやすいサービス産業の活性化や、高齢化に伴って医療・福祉・介護サービスなど女性の存在感が強い分野が成長したことがこうした技術進歩の背景にあるといえる。

本研究ではまず、男女・学歴別の賃金や労働供給に関する日本の長期時系列データを用いて、過去半世紀間を通じた上記4つの技術進歩 (1. TFP上昇; 2. SBTC; 3. GBTC; 4.F-SBTC) の度合いを推計した。そして、各技術進歩が出生率・婚姻率・女性の時間配分・子供の教育など家族の行動に関する長期トレンドを説明するうえで果たしてきた役割を定量的に分析した。

本研究の主たる結果は以下の通りである。まず、女性の生産性・賃金上昇に寄与する技術進歩(GBTC/F-SBTC)が、出生率の低下・婚姻率の低下という家族形成に関するトレンド形成に重要な影響を与えたことがわかった。我々の計算によれば、GBTC及びF-SBTCは1970年から2020年までの間にそれぞれ年率0.55%、1.52%で成長してきた。しかし、これらの技術進歩が全く起きず、それぞれの技術水準が1970年から変化しなかったならば、2020年の婚姻率はそれぞれのケースでベースラインと比較して約10パーセントポイント(p.p.)高い結果となった。これは、GBTC及びF-SBTCが、過去50年間にわが国で進行した婚姻率低下のうち約7割を説明することを意味する。また、GBTC及びF-SBTCの成長がなければ、合計特殊出生率は2020年時点で0.3-0.4ポイント高い結果となり、GBTC及びF-SBTCが、過去50年間の合計特殊出生率低下の約4割を説明することを意味している。これらの結果を解釈するために、GBTC及びF-SBTCによる2つの含意に着目されたい。1つは、女性の(相対)賃金が上昇することで、子どもを持つことでかかる育児時間の機会費用が高まること、もう1つは女性の稼得能力が高まることで結婚の経済的メリットが小さくなることだ。これらの経路を通じ、GBTC及びF-SBTCは出生率低下と婚姻率低下に大きく寄与したことが示唆された。

女性の時間配分に関するトレンド、とりわけ余暇の増加と労働時間の減少(※女性の労働参加率は過去数十年間で上昇傾向にあるものの、平均労働時間は減少してきた)については、TFPの上昇とSBTCが大きな役割を果たすことがわかった。TFP上昇及びSBTCは、1970年から2020年までの間にそれぞれ年率0.22%、0.41%で成長した。それらの技術進歩が全く生じなかった場合には、2020年の既婚女性の労働時間は、ベースラインと比較して約9% 高く、また余暇に充てる時間については9-12%低くなる結果が得られた。TFP上昇は学歴・性別問わずどのタイプの労働者の生産性・賃金も上昇させること、またSBTCは性別問わず大卒労働者の賃金を上昇させることから、それらの技術進歩は家計の所得を上昇させ、消費水準を維持しつつ以前より労働時間を減らし、より多くの余暇を楽しむことを可能にする。SBTC及びTFP上昇はこの所得効果を通じて、既婚女性の労働時間減少・余暇増加のトレンドを形成してきたことが示唆された。

このように、婚姻・出生動向や家庭内での時間配分といった家族の行動の変化は、様々な種類の技術進歩、産業および賃金構造の変化、教育水準の上昇など、時間をかけて進む複合的な要因に左右される。少子化対策や女性の労働参加など、家族の行動に関わる政策を考える際には、短期的な経済変数の動向だけでなく、中長期的なデータの分析から現在の立ち位置を把握し、現実的な目標を設定し持続可能な政策を実施することが重要だ。

図1:合計特殊出生率および50歳時点での生涯未婚率の推移(出所:(a) 人口動態調査、 (b) 国勢調査)
図1:合計特殊出生率および50歳時点での生涯未婚率の推移(出所:(a) 人口動態調査、 (b) 国勢調査)