執筆者 | 荒 知宏(福島大学) |
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研究プロジェクト | グローバル経済が直面する政策課題の分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト
企業は製造工程において、特殊な中間財を入手するために頻繁にサプライヤーを探す。Appleのスマートフォンの製造に代表されるように、企業はサーチ行動を通じて地球規模で製造工程を細分化している。既存研究では企業のサーチ行動が貿易量に与える効果を分析しているが、それが貿易利益に与える効果については十分には分析していない。本研究では、貿易自由化は企業の財取引だけでなく、企業のサーチ活動も活性化させるという視点に立って、これらが貿易利益に与える効果を別個に分析し、その違いを明らかにした。
本研究の主要な結果を下記の図1を用いて説明しよう。企業(F)とサプライヤー(S)は仮想的なマッチング市場を通じて、サーチ活動を行うとする。この行動で必ず相手を探せるわけでなく、ランダムにマッチングがなされるため、マッチ企業と非マッチ企業が共存することになる。最終財を生産するにあたって、マッチ企業は自分で供給する中間財とサプライヤーから供給された中間財の2種類を用いる一方、非マッチ企業は自分の中間財のみを用いる。非マッチ企業に比べてマッチ企業は多くの中間財を用いる結果として、マッチ企業はより効率的に最終財を生産できる。マッチ企業も非マッチ企業も最終財を生産し、それを仮想的な財市場を通じて消費者に供給して利潤を得る。
この状況で2国が貿易を開始するとしよう。ここでは貿易自由化により財市場が統合し、企業が最終財を国内外に供給できる一方で、企業のサーチ行動は国内に限定されるとする。図1では、この仮定は財市場は統合するが、マッチング市場は分離されたままであることに反映される。本論文では、このような財市場の統合は、次の2つの貿易利益に与える効果があることを見出した。
まず、貿易自由化によりマッチ企業と非マッチ企業の利潤の差が拡大する。貿易自由化は、財市場を実質的に拡大させて利潤を増加させるという便益と、外国との競争を招いて利潤を減少させるという費用の両面がある。上述したように、サーチ行動によってマッチ企業は非マッチ企業に比べて、多くの中間財を使ってより効率的に最終財を生産できる。この違いがあるため、貿易自由化による費用と便益を比べると、マッチ企業の方が非マッチ企業よりも便益が費用よりも大きくなる。その結果、非マッチ企業に比べてマッチ企業がより多くの利潤を得ることになるのである。これは貿易自由化により非効率的な企業から効率的な企業へと資源の再配分が促される、という既存研究でよく知られた効果であって、これ自体に新規性はない。
次に、上で述べた利潤の変化に伴い、企業に比べてサプライヤーの数が相対的に増加する。財市場の統合によって企業は外国からの競争を強いられることになる一方、サプライヤーはマッチング市場が統合されていないために競争圧力は小さい。この財市場とマッチング市場の統合の違いから、サプライヤーの数が企業の数よりも相対的に増加する。これは企業とサプライヤーが互いにマッチする先を探しやすくなることで、全体の生産効率が改善される、という効果を意味する。つまり、既存研究で指摘されていた資源再配分が、企業のサーチ行動がある場合には企業のマッチングに影響を与えるということで、これが本研究の目新しい結果である。米国のデータから推測されるパラメーターの値を使って、財市場の統合による貿易利益(自給自足時に対する社会厚生の比率)を計測した。その結果、サーチ行動がない場合(図1のマッチング市場がない場合)では貿易利益は0.9%にとどまるが、サーチ行動がある場合には貿易利益が3.1%まで拡大することも分かった。
ここまで貿易自由化によって財市場が統合される状況を考察してきたが、図2のようにマッチング市場が統合される場合も考察してみよう。図1と図2を比較すると、2つの市場の統合が対照的になっていることが分かる。図1は企業が従来的な最終財貿易をする場合であるのに対し、後者はアウトソーシング(外部委託)やオフショアリング(海外委託)によって、企業が中間財の生産を海外のサプライヤーに外注するような場合に当たる。紙面の都合から詳細は避けるが、論文ではマッチング市場の統合の場合には財市場の統合とは逆のメカニズムが機能することを通じて、貿易損失が生じる可能性があることを指摘した。もちろん、現実的にはグローバル化の進展に伴い、財市場とマッチング市場の統合は同時に起こっているが、本論文では2つの市場の統合を明確に分けて、グローバル化がどのような市場の統合をより促すかによって、貿易利益に与える違いを明らかにしたのである。