ノンテクニカルサマリー

海外直接投資誘致に向けた財政競争下における裏目に出た外国出資規制の緩和

執筆者 大越 裕史(岡山大学)/チーチーター(岡山大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

グローバル化によって企業の海外直接投資が増加するなか、主に途上国を中心として多国籍企業の誘致に向けた優遇税制の導入や熱心に多国籍企業誘致を望む場合は補助金の支給などの財政政策を実施している。このような財政政策は、特定の産業や企業をターゲットにしたものもあり、国家間の財政政策競争が活発化している。しかしながら、このような財政政策競争は税収入の減少や補助金支出の増加を通じた政府予算の低下による公共財の過少供給や非効率的な生産につながる恐れがあり、経済開発機構(OECD)によって有害な財政政策競争(または有害な租税競争)の可能性を指摘されており、国際課税に関する課題の一つとして知られている。

過熱する財政政策競争と並行して、近年では海外直接投資に関する規制緩和の流れも顕著にみられる。例えば、外国出資比率が一定の水準を超えてはならないことを定めるような規制の下では、企業は完全子会社設立による参入はできず、現地企業との合弁企業の設立を余儀なくされる。中国では長らく自動車分野において、外国企業が中国国内での自動車製造のための合弁会社設立の際には最大でも50%までの出資比率となるように規制をしていたが、2022年にこの規制を撤廃している。このような規制緩和・撤廃は多国籍企業にとって参入を容易にすることが期待され、実際に出資比率の増加をする多国籍企業が多数存在している。一方で、自動車大手の欧州ステランティスは出資比率増加を目指していたものの合弁企業パートナーであった広州汽車集団との交渉が難航し、2022年7月に合弁解消を発表し中国市場へは輸入による供給に切り替えるといった事例もあり、予期せぬ結果につながる例も存在している。

図1:租税競争と外国出資規制
図1:租税競争と外国出資規制

本論文では、既存研究に倣い、市場規模の異なる2か国による租税競争について図1のような簡単な理論モデルを構築し、外国企業誘致に向けた租税競争下における外国出資規制緩和が企業の立地に及ぼす影響について分析している。本モデルでは先述の外国出資規制に着目し、現地企業がいる市場の大きい国に外国出資規制がある状況を分析しており、外国出資規制の下では多国籍企業は現地企業と合弁企業を設立することで参入が可能である。

外国資本規制を考慮していない既存研究では、市場規模の大きい国に外国企業が立地する傾向にあることを示す中で、市場の大きい国に出資規制がある本モデルの下では、市場規模の小さい国に完全子会社を設立する可能性があることを明らかにした。その背景には、図2にあるように(1)合弁企業による財の供給においては、企業間の競争が抑制されることを通じて消費者の利益が妨げられることを市場の大きい国が危惧してしまい、多額の補助金を交付するという多国籍企業にとって魅力的な財政政策を提示しなくなる場合と(2)出資比率に応じて合弁企業の利益が合弁を組むパートナー企業間で分配されるため、受け入れ国の現地企業が合弁企業設立を拒否する場合の2つのメカニズムがある。(1)のケースでは、既存研究の想定のような多国籍企業と現地企業が独立であれば企業間の競争が生じるものの、本モデルのような合弁企業を設立した場合は、多国籍企業と現地企業は合弁企業の利益が最大になるように生産活動を行うため、過少供給をすることで財の価格を高くしようと画策する。仮に市場が小さい国に多国籍企業が立地をする場合は、市場の大きい国は市場が小さい国から輸送費をかけて輸入をする必要があり輸送費による価格高騰という望ましくない側面が生じるため、市場の大きい国は依然として多国籍企業を誘致する便益が生じる。しかし、先述の市場競争の鈍化による財の過少供給は消費者の損失を引き起こしてしまうため、外国出資規制のある市場の大きい国は多国籍企業の誘致に対して既存研究の想定と比べて積極的ではなくなり、多国籍企業に向けた財政政策が多額の補助金ではなく、他に生じる様々な効果を考慮に入れたうえで、少額の補助金、場合によっては補助金ではなく税金となってしまう。このような市場の大きい国の財政政策は多国籍企業にとって魅力的な財政政策ではなくなるため、多国籍企業は市場の大きい国への立地を躊躇しやすくなるということである。また(2)のケースは、多国籍企業の出資比率が上昇するにつれて多国籍企業の利益配分が増える反面、現地企業の利益の受け取りが減少するために起こるメカニズムである。すなわち、市場の大きい国が外国出資規制の緩和をしたことで同国内の現地企業が合弁企業の設立を拒否することを誘発してしまうため、かえって外国企業の参入を阻害する要因になることを示唆している。

図2:市場の小さい国へ立地する2つのケース
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図2:市場の小さい国へ立地する2つのケース

本論文では、外国資本規制の撤廃が受け入れ国に与える社会厚生への効果も分析しており、外国企業と受け入れ国の現地企業の技術水準の差が重要な役割を果たしているという結果を得ている。外国資本規制による合弁企業設立が必要な場合は、先述のように多国籍企業と現地企業が共同利潤最大化を通じて生産量を減少させてしまうという、企業の市場支配力が強まってしまう反面、優れた技術を持つ外国企業の生産技術の恩恵を受けられるというトレードオフが生じる。そのため、現地企業の生産技術が十分に発達している新興国を含んだ地域による、先進国にいる多国籍企業を誘致する租税競争の場合は、合弁企業解消による企業間の市場競争の回復を通じて、外国資本規制の撤廃は租税競争をしている両国全体の社会厚生を上げうる。そのため、財政政策競争によって誘致競争をしている国全体の社会厚生を上げうるという意味で、有害な租税競争による社会厚生の減少を緩和させうることを意味している。

以上の結果から、以下のような2つの政策的含意を導くことができる。まず、規制緩和が企業の立地選択にもたらす影響として、必ずしも緩和した国に有利に働くわけではないということがあげられる。企業の海外進出を支援する取り組みが実施されるなか、現地企業との合弁企業設立の交渉が難航するといった要因についても十分に考慮に入れたうえで、企業の支援が必要となる。さらに、外国への技術移転や技術協力のような、受け入れ国企業の生産技術を向上させることが有害な租税競争による社会厚生の減少を抑制しうる点も認識することが重要である。先述のように、途上国の現地企業と先進国の多国籍企業の保有する技術の差が小さいほど、外国資本規制の撤廃がもたらす利益は大きく、逆に現地企業と多国籍企業の技術差が大きいほど合弁企業設立がもたらす技術の共有による利益が大きい。世界的な外国資本規制撤廃の傾向を考慮すると、グローバル化の深化によって、隣接する途上国国家間の租税競争が過熱するなかで、先進国がこのような途上国企業に向けた技術向上の政策を行うことで、長年懸念されている有害な租税競争による社会厚生の減少を緩和しうるという点で、国際課税の問題が解消に一歩近づくことを示唆している。