ノンテクニカルサマリー

超大国間の戦略的競争の時代におけるアジアの対外経済政策

執筆者 Shiro ARMSTRONG(客員研究員)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

世界の二大経済大国である米国と中国は、戦略的な競争とライバルの関係にあり、世界の各国、特に両国のアジアのパートナーにとって、対外政策の選択を複雑なものとしている。経済と安全保障は、相互に負の影響を及ぼすような形でますます絡み合い、経済と安全保障の両方の結果において危険なトレードオフと負の循環構造を作り出している。経済的威圧が行使される中、各国の選択肢が狭まっている。

現在、開かれた多角的貿易体制が脅かされている。WTOに対する信頼の低下により、東アジアにおける深く複雑な経済的相互依存の結びつきが弱まり、政治的相違を調整することが困難となる。多角的貿易体制の足場となる二国間、多国間、地域協定の既存のネットワークも、経済秩序の構造的支柱であるWTOに置き換えることはできない。これらの協定においては締結国やルールの適用範囲が一様ではないため、グローバル経済体制は、中核として正常に機能するWTOがない場合には、分解する可能性が高い。

多角的貿易体制に支えられた開かれた市場においては、ショックに直面した場合、それが経済的ショックであっても政治的ショックであっても、企業や消費者には代替的な供給源と市場が提供される。貿易体制の分断や保護主義の台頭は、選択肢を減らすことでリスクを増幅させ、ショックへの適応力も低下させる。開かれた国際市場は、力を分散させ、強靭性の源としても機能する。

経済的結びつきと市場への統合は、対象国にとっては有害な対外行動のコストが低まる一方、悪意のあるアクターにとっては、当該行動のコストが高まる。相互依存は、国家の安全保障を高めるが、必然的に一定程度の安全保障上のリスクを伴う。安全保障上の懸念と政策によって経済的選択が決定される場合、政策余地は大幅に狭まる。リスクを検知して軽減することは安全保障機関の重要な役割であるが、経済的な利益とのバランスをとることも必要である。リスクは、国際協力、多国間ルール、強力な国内法を組み合わせることで軽減できる。

安全保障上のリスクを回避するために貿易や投資を控えることは、市場統合や経済統合が進んだ今、正しい戦略的対応ではない。そのような選択がなされた場合、各国の経済は縮小し、国際競争力が低下し、確実性と安定性の乏しい世界に生きることとなる。これらは、複雑性が増す世界で競争する各国にとって、共通の課題と機会である。

当然ながら、米国や中国などの大国は、力の非対象性が自国にとって最も有利に働く仕組みである、二国間協定を好む。これにより、その他の国には、より厳しい選択が迫られる。米国と中国を放っておいた場合、両国は自国の経済を相手の経済から切り離し、グローバル経済を2つの圏域に分けようとするかもしれない。両国はグローバル経済体制における大国で、影響力のあるプレーヤーだが、両国の行動に対する世界の他の国々の反応が今後の成り行きに大きな影響を与える。

小国や中堅国は、戦略的政策を策定する際に経済と安全保障のバランスを適切にとり、他国と連携することにより、ゼロサム的な結果しか生まない大国に支配された二国間協定の世界を回避する必要がある。これらの国にとっての今後における正しい選択は、戦略的に行動し、二国間主義に陥らないことである。多国間の成果を妨げるのではなくそれを支えるような協定は、域内諸国の政策オプションの維持・拡大に貢献する。各国は、豊かさ、国際競争力、国家安全が現在よりも低下することを避け、より豊かな経済とより安全な国家を実現できる。

ここ数年の間に最も露骨な形で経済的威圧が試みられた事例の一つを見ると、小国や中堅国がとることができる対策が明らかとなる。2020年5月以降、中国政府は年間輸入額が約200億ドルにのぼる10種目以上のオーストラリア製品の輸入を禁止した。この中には、中国が主要マーケットであった石炭、ワイン、大麦、木材、ロブスターが含まれていた(図を参照)。この貿易制裁により、オーストラリアの輸出業者、特にワインとロブスターの輸出業者は、大打撃を被った。しかし、大部分の輸出業者は、素早く別の市場を見つけることができた。中国における大麦、石炭その他の商品の輸入量が縮小することはなく、オーストラリア以外の国の輸出業者がオーストラリアに代わってその需要を満たすようになった。そして、オーストラリアの輸出業者は、中国以外の国でこれらの商品の新たな需要を満たすことになった。オーストラリアの柔軟性の高い市場が一助となったことは事実だが、強靭性の決定的な外因は、開かれた多角的貿易体制であった。この体制により、貿易の選択肢が常にある状態となる。WTOには弱点もあるが、中国政府の経済的攻撃力は、WTOを中核とするこの体制によって弱められた。

図:特定品目におけるオーストラリアの対中国および中国以外の対外輸出額の月次推移(10億オーストラリアドル)
[ 図を拡大 ]
図:特定品目におけるオーストラリアの対中国および中国以外の対外輸出額の月次推移(10億オーストラリアドル)
Source: UN Comtrade

本稿では、多角的貿易体制および経済的相互依存の安全保障上の価値を示す。経済的威圧の効果は、対象国にとってのコストを大きく低減する開かれた多角的貿易体制によって弱められる。多国間関係は、力を分散させ、影響力を生み出す集団行動の場を小国や中堅国に提供することによって、各国が直面する重要なリスクに対応するのに役立つ。