ノンテクニカルサマリー

企業の社会的責任に関する組織アーキテクチャはどのように企業パフォーマンスと関係しているか?日本の上場企業のケース

執筆者 安橋 正人(コンサルティングフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本研究は、金融データとマッチした日本の上場企業に対するサーベイデータを基に、「企業の社会的責任」(CSR)に関する組織アーキテクチャと企業パフォーマンスの関係を分析したものである。

 

CSRとは、「企業の利害や法律等によって要請されている水準を超えて社会的な財の供給を推進すること」と定義される(McWilliams and Siegel, 2001)。例えば、地球環境改善への活動支援や社会貢献、職場環境の整備、消費者との誠実な対話などが、具体的なCSR活動として挙げられる。我が国においても、日本経済団体連合会(経団連)が、2017年に改定した企業行動憲章において、ESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した経営の推進によりCSR活動を強化することを目指している。

 

このCSR活動が企業活動の不可欠な要素なのかどうかについて、CSR活動を含む公共財の提供は政府の責務であると主張する「株主主権理論」(Friedman, 1970)、企業のCSR活動はステークホルダーの満足を最大化することで長期の企業経営上の障害とリスクを取り除く取組であると主張する「ステークホルダー主権理論」(Freeman, 1984)が提示されてきた。加えて、企業が果たすべき倫理的側面を強調するのではなく、経済理論やゲーム理論に基づいて、企業があえて経営資源や利潤を犠牲にしてCSR活動に取り組む「戦略的CSR理論」も注目されている。すなわち、企業はCSR活動を通じてモチベーションの高い従業員を雇用したり、消費者にとって魅力的な差別化された財・サービスを提供したりすることにより、評判も含めて市場で長期的な競争優位を確立できることが想定される。本研究は、この戦略的CSR理論の正否を実証しようという試みである。

 

上記のような問題意識から、本研究では、CSR活動の中でもとりわけ、CSR活動に関与する部門と役員(それぞれCSR担当部署とCSR担当役員)の設置という組織アーキテクチャに着目した。先行研究では、企業のCSR活動を評価したCSRスコアを使用することが多いが、組織アーキテクチャの有無はより客観的な指標である。具体的に本研究では、CSR担当部署とCSR役員の設置、また両者の相互作用が、利益率(ROE、ROA)、企業価値(株式時価総額、トービンのq)、生産性(労働生産性、全要素生産性)といった企業パフォーマンスとどのような関係にあるかに焦点を当てた。

 

この研究の実証結果は、上述の組織アーキテクチャの違いだけではなく、企業パフォーマンス指標、産業分類(R&D集約度の高い産業と低い産業)、組織アーキテクチャの設置からのタイムラグ(短期と中期)の違いにも依存することがわかった(表と図を参照)。主な発見として、CSR担当部署やCSR担当役員の設置が企業パフォーマンスの向上と関係するという、戦略的CSR理論の仮説は部分的にしか支持されなかった。例えば、CSR担当役員の設置に関して、R&D集約度の高い産業ではTFPと中期的にマイナスの関係にある。しかしながら、CSRに関する部門や役員が短期(1—2年)で企業パフォーマンスと無関係か負の関係にある場合でさえも、中期(3—4年)で見れば正の関係になることが判明した。利潤率の場合、CSR担当部署はそれがない時と比較して、2年後の企業のROEやROAの前年比下落と関係しているが、R&D集中度の高い産業に属する企業において、3年後にROEやROAの前年比上昇と関係することが見出されている(ただし、CSR担当役員に関して、R&D集約度の高い産業に属する企業では、ROEと中期的にマイナスの関係)。

これら結果を厳密な因果関係と解釈することは困難であるが、導出される一つの含意は、企業のCSR活動は1年といった短期で直ぐに企業経営に相乗効果が期待されるものではなく、少なくとも数年の範囲でじっくり見るべきということであろう。その際、企業がこれまで構築してきた資産(特に、人的資本や企業文化等の無形資産)についても、産業特性等も踏まえながら、CSR活動による相乗効果を強める方向に作用するよう有効に活用することも検討すべきである。このように、本研究で提示された実証結果は、CSR活動に従事する企業の組織アーキテクチャの強化について、有益な含意を与えるものである。

表:主な推定の結果
表:主な推定の結果
(注1)T:全産業、R:R&D 集約度の高い産業、NR:R&D 集約度の低い産業を表す。
(注2)***:1%有意、**:5%有意、*:10%有意を表す。
図:係数の信頼区間(1期‒4期ラグ)
図:係数の信頼区間(1期‒4期ラグ)
(注1)Dep-iとExe-i (i=1,2,3,4)は、CSR担当部署とCSR担当役員のi年ラグを表す。
(注2)縦棒は、90%信頼区間を表す。
(注3)■:1%有意、◆:5%有意、○:10%有意を表す。