ノンテクニカルサマリー

金銭的インセンティブが中小企業の障がい者雇用に与える影響:日本における雇用割当制度の政策変更に関する実証研究

執筆者 松本 広大(研究員(政策エコノミスト))/奥村 陽太(株式会社LITALICOパートナーズ)/森本 敦志(神戸大学)/勇上 和史(神戸大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 目的

障がい者雇用納付金・調整金制度が、中小企業における障がい者雇用を促進するかどうかを、行政データを用いて評価することである。

2. 背景

第1に、障がい者の相対的貧困率と失業率は健常者の2倍であり、日常生活で問題に直面していることが報告されている。各国は、障がい者の経済・社会生活への参加を促進する社会的包摂を目的とした政策に加えて、障がい者雇用を促進するために企業側への政策を実施している。第2に、日本では企業規模によって障がい者雇用の状況が異なっている。厚生労働省「障害者雇用状況報告書」によると、障がい者の法定雇用率を満たしていない企業のうち、障がい者を1人も雇用していない企業は、従業員1,000人以上の企業でわずか0.1%である。一方、従業員100人以上300人未満の中小企業では、30.8%が障がい者を全く雇用していない。このように、大企業では比較的に障がい者雇用の取り組みが進んでいる一方で、中小企業では障がい者雇用の取り組みがあまり進んでいない状況にある。

3. 方法

法定雇用率未達成の場合、その企業は納付金を支払わなくてはならないが、法定雇用率達成の場合、その企業は調整金(報奨金)が支給される。この障がい者雇用納付金・調整金制度の対象となる企業規模が2015年に「200人を超える」から「100人を超える」に変更された。したがって、企業規模が101人から200人の場合をこの政策変更の影響を受ける処置群とし、企業規模が100人以下の場合を政策変更の影響を受けない対照群として扱い、自然実験として差の差分析を行う。先行研究と比べた本研究の特長は、次の3点にある。第1に、先行研究よりも広範な母集団における処置効果の分析をしていることである。第2に、障がい者雇用数に関して測定誤差やサンプルセレクションの問題が少ない行政データ(厚生労働省「障害者雇用状況報告」)を利用して、政策変更前に障がい者を雇用していた企業への効果だけでなく、障がい者を雇用していなかった企業への効果も検証する。第3に、地域別・産業別の異質性を検証することである。

4. 結果

分析の結果、以下のことが明らかになった。第1に、政策変更によって中小企業は障がい者雇用率を0.1%程度上昇させることが示された。第2に、これまで障がい者を全く雇用していなかった中小企業の多くが、2015年のこの政策変更の結果、新たに障がい者を雇用するようになった。第3に、2015年の政策変更以前から処理効果が現れていたことから、自社に適したスキルを持つ障がい者を早期に確保した企業もあったと考えられる。第4に、法定雇用率を達成しなかった場合に課される納付金の効果は、達成した場合に支払われる調整金の効果よりも大きいことが示された。第5に、地域別・産業別の異質性が確認された。

政策的含意として、障がい者雇用の量的な促進という点では、企業側に対する金銭的なインセンティブの強化が効果的であると思われる。特に、障がい者を雇用していない企業への納付金は、障がい者雇用を促進する可能性が高い。

図 政策変更による障がい者雇用率の増減(2013年を基準)
図 政策変更による障がい者雇用率の増減(2013年を基準)
注:網掛け部分は95%信頼区間を示す。また、赤線は政策変更前年(2014年)である。推計は、調整された常用雇用者数の4次多項式、特定子会社を所有している企業のダミー、年ダミー、都道府県ダミーでコントロールしている。