ノンテクニカルサマリー

保有車両のグリーン化:金融危機下のスクラップ・インセンティブ政策の分析

執筆者 北野 泰樹(青山学院大学)
研究プロジェクト グローバル化・イノベーションと競争政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト

脱炭素に向けた取り組みの中で、輸送部門のグリーン化は欠かせない。スクラップ・インセンティブ政策(Scrappage Program, 以下SP)は、環境性能の劣る自動車(高燃費車、経年車など)の廃車を条件に、燃費などの用件を満たす新車の購入を補助する制度である。SPは、新車市場で低燃費車の購入を支援することによる脱炭素化だけでなく、環境性能の劣る自動車の廃車を伴うことで、保有車両全体での脱炭素化に貢献しうる。

本研究では、金融危機下に導入された2009年の日本のSPである「環境対応車への買い換え・購入に対する補助制度」を分析する。金融危機下では日本を含めた世界各国でSPが導入されたが、その制度設計は各国で異なっていた。本研究では、各国で異なる制度設計に着目し、経年車の廃車数、新車の平均燃費といった環境効果を効率的に改善するSPの設計に有用なエビデンスを示すことを目的とする。

日本のSPと注目する制度設計

2009年4月から、一度の延長を経て2010年9月まで有効であった日本のSPでは、車齢13年以上の自動車(経年車)の廃車を条件に、2010年度燃費基準(Fuel Economy Standard, 以下FES)を超える燃費(km/l)を持つ普通車・軽自動車の購入に対してそれぞれ25万円・12.5万円の補助金が拠出された。

本研究で影響を分析する日本と他国で異なるSPの設計は、以下の二点である。

① 補助金対象となる新車の基準:属性基準と一様基準
図1は横軸に車両重量(t)縦軸に燃費(km/l)を取るグラフで、FESは階段状の実線で示されている。図が示す通り、FESは重量に応じて燃費の基準値を定めているため、各重量のクラスで相対的に燃費が良いものが補助金対象車種となる。このように属性(重量)に応じて変動する基準値の設定を属性基準(attribute-based criteria)と呼ぶ。

一方、金融危機下のSPでは、属性によらず、一定の基準値を満たすか否かで補助金対象車種を決める国(フランスなど(注1))もあった。このような基準値の設定を、本論文では一様基準(uniform criteria)と呼んでいる。一様基準の場合、(階段状ではなく)水平の直線で補助金対象車種が定められるため、重量が軽く、燃費のよい車種が補助金対象となりやすい。

なお、図1の点線はFESの基準値を15%引き上げたもの(FES+15%)で、SPと同時に導入された、スクラップ無の補助金(Non-scrappage program, NSP)で用いられた基準を示している。図には2009年に販売されていた車種がプロットされており、各印でプログラムの対象の有無を表している。

図1:2010年度FESと補助⾦対象⾞の分布
図1:2010年度FESと補助⾦対象⾞の分布

後述するように、実際の属性基準(FESに基づく燃費の閾値)に対応する一様基準における燃費の閾値は11.7m/lと計算されている。このとき、図1から明らかなように、車両重量が1.2トン未満の車種は全て補助金対象となる一方、1.5トンを超えると、属性基準では補助金対象であった車種の一部が一様基準では対象外となる。

② 補助金費用の負担:企業負担の有無
日本を含む多くの国では、補助金は全て政府により拠出された(企業負担ゼロ)が、EUの5か国では、販売された自動車を製造する企業に補助金費用の負担を求めていた。(例: UKでは企業負担は50%。つまり、補助金額2000ポンドのうち1000ポンドが企業負担)

分析結果と政策インプリケーション

分析では、①属性基準と一様基準の下での市場成果、②異なる企業負担割合で実現する市場成果、を構造推定モデルに基づくシミュレーションにより導出している。詳しくは論文内の説明に譲るが、異なる設計間で、総補助金支出額(政府支出額)が等しく(限りなく近く)なるようにした上で、それぞれの設計で実現する環境効果を比較している。つまり、補助金予算制約の下での費用効果分析による評価が実施されている。

注目する環境効果は、(新車購入を伴う)経年車の廃車数と新車の平均燃費である。ただし、経年車はSPの有無によらず一定数は廃棄されると考えられるので、分析では、SPによって増加した経年車の廃車数(ΔScrap)に注目する。ΔScrapは、(モデルから予測される)SP無しのときの廃車数とSP有りのときの廃車数の差として計算されている。新車の平均燃費についてもSP有無での差分ΔAFEに注目する。

なお、属性基準と一様基準の比較では、申請者一人が受け取る補助金額が同額の下で、総補助金支出額が基準間で等しくなるように一様基準の閾値を導出している。このように導出した実際のSPで採用された属性基準(FES)に対応する一様基準の閾値が11.7km/lとなる。また、一人当たり補助金額と総補助金支出額が等しいので、(後者を前者で除した値である)SPの申請件数は属性基準と一様基準で等しくなる。

分析から得られた政策インプリケーションは以下の三点である。

(1) 属性基準下と一様基準下の環境効果は図2にまとめられている。図の横軸は、属性基準における閾値の設定を示している。FES+0%は、実際の日本のSPにおける閾値(図1の実線)で、FES+X%は閾値をX%上方にシフトさせた属性基準を示している。

図2:属性基準と⼀様基準の下での経年⾞廃⾞数・平均燃費
図2:属性基準と⼀様基準の下での経年⾞廃⾞数・平均燃費

図の棒グラフで示される通り、一様基準は属性基準と比較してより多くの経年車の廃車を促す。属性基準の燃費の閾値を5%、10%と引上げ、それと対応する一様基準を比較すると、閾値を引き上げることで廃車台数の基準間の差は大きくなる。一様基準の場合、閾値を高くすることで新車の平均燃費も改善する。つまり、環境効果を重視する場合、一様基準を採用し、高い閾値の設定が望ましい。

ただし、論文には、厚生効果(消費者・生産者余剰)などは閾値の引上げにより減少することが示されている。つまり、一様基準を採用する場合、その閾値は環境効果・厚生効果間のトレードオフを考慮した設定が必要となる。

(2)先に述べた通り、属性基準と一様基準の分析では、一人当たりの補助金額は等しい状況での比較なので、総補助金支出額が等しい費用効果分析において、基準間でSPの申請件数は変わらない。したがって、ΔScrapが小さいことは、SPの有無によらず新車の購入を予定していた経年車の所有者の多くが補助金を受けたことを意味している。

図2が示すように、少なくとも+15%までの範囲では、属性基準は一様基準よりも廃車数は少ないものの、平均燃費については大きな差はなく、両基準ともに一定の改善を示している。これは、+15%までの範囲で、属性基準では、SPの有無によらずに買い替えを行う経年車の所有者の選択を、より低燃費の車種にシフトさせたことを意味している。つまり、属性基準のSPは、(廃車数が少ないが)販売台数の増加を抑えつつ、平均燃費の改善を促すという性質を持つ。

SPの場合、廃車を多く促すことが政策目標の一つとなるので、(廃車を伴う)経年車の所有者に対する販売台数の増加は望ましい。しかし、廃車を要件としない補助金(NSP)の場合、販売台数の増加は必ずしも廃車を伴わないため、保有車両数を増大させうる。その結果、新車の平均燃費が改善したとしても、CO2排出量は(保有車両数の増大に伴い)増加する可能性がある。よって、属性基準の、販売台数の増加を抑えつつ平均燃費の改善を促せるという性質は、NSPの設計に適するものといえる。

(3) 図2で示されている通り、一様基準の場合、閾値を高く設定することで、経年車の廃車数を増加させるが、その増分はわずかである。一方、補助金費用の企業負担の導入は、経年車の廃車を大きく促進しうる。図3には、企業負担の割合を0.0から0.5の範囲で変化させたときの経年車の廃車数を示している。図の通り、経年車の廃車数は企業負担の割合を大きくするほど増加し、例えば企業の負担分を50%とすると、企業負担がゼロのケースと比較して50%ほど増加する。つまり、企業負担の導入は、少ない補助金予算で多く廃車を促すのに適した制度といえる。

図3:企業負担割合と経年⾞廃⾞数・平均燃費
図3:企業負担割合と経年⾞廃⾞数・平均燃費

ただし、新車の平均燃費は負担割合が大きいほど下落する。また、論文では、企業負担が大きいほど厚生効果なども減少することも示されている。よって、SPの政策設計に際しては、廃車数に対する正の影響と、平均燃費や厚生などのその他の効果に対する負の影響、つまりトレードオフを考慮した上で企業負担の導入及びその負担割合を考える必要がある。

脚注
  1. ^ フランスなどでは燃費(km/l)の基準値ではなく、CO2排出量(g/km)の基準値で補助金対象を設定していた。ただし、各車種のCO2排出量は、距離当たりのガソリン使用量で計算されるので、CO2排出量に対する基準値は燃費の基準値に変換できる。